その「努力」は“努力”で良いの?

  • 2007/06/27(水) 23:26:46

今は「ガンバる力」をすべて“努力”と表現しているが。

人の活力となるエネルギーがすべて“怒り”であるのではあるまい。




確かに“怒り”は一番力強い荒々しい“力”であろう。

が、しかし、“努力”…つまり嫉妬や恨み・ねたみ等々、
怒りを掻き立てるネガティブなエネルギーばかりを
喚起していていいのか?! という疑問が残る。


だから例えば…喜怒哀楽で例えて言えば…、
「喜力」、「哀力」、「楽力」等々、…って言葉を
使うべきところもあるのではないだろうか。




地道に冷静に堅実にコツコツと続けることは「怒力」であろうか?
夢や喜びを精神的対価に行われる活動は、「怒」に劣るだろうか?
トラウマを抱えているが故に、自らの行動が抑制させられている
者の行動を、それが故に逸脱を絶対にしないと信じることもできる。
ストレスを抱えていないが故に、誘惑に負けて逸脱してしまうことが
無いということも、組織として有益だろう。

「怒力」ばかりを推奨してきたからこそ、このように殺伐とした社会が
眼前に広がっているのだ…と考えてはどうか?

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