問題点に気づくことが罪悪となる

  • 2008/11/20(木) 12:02:36

・元厚生事務次官連続殺傷事件

今回の事件を、
TVマスコミが厚生労働行政へのバッシングを強めてきたかの論理を、
一部意見としてであろうが、自らの紙面・映像媒体に載せている。

そうだろうか?

制度の問題点を指摘することは、それこそ民主主義の基本であり、
よりよい制度を念頭に置いている(はずの)野党からしても、
非難することがそもそも基本姿勢だ。私に言わせれば、

ここ五年、政権にある者が、立法の責任も運用の責任も全て、
官僚・公務員が悪い怠慢だ、それが公務員の体質だ…と、
自らの責任を棚に上げ、言い逃れてきた結果だろう。



強いて言えば、その明らかな政権の無責任さに目を瞑り、
無責任な責任者の言動に、暗黙の了承を、事実上の擁護を
し続けてきたという現実において、TVマスコミは
非難されるべきであろう。


何か制度に問題が生じても、単に同じ「政治家」だと言うだけで、
与野党問わず…だとか、与野党の政治家は共に責任があるだとか
無茶苦茶な論理が正論のようにまかり通っている。
どんな法案を提出しても数の論理で否決される野党側に、どんな
責任があるというのか?!

仮に、野党の側にも知っていて見て見ぬ振りをしている問題が在る
のであれば、個別具体的にその問題に気づいた者が、知らされた
マスコミが、まず、率先してせっつくべきであろう。
それでも無視しているのであれば、初めて、国民大衆的合意の上で、
「同罪」の糾弾は可能であろう。その意義は理解出来るであろう。

しかし、一義的に運用の責任は政権にあり、法律の不備を
改正せずに放置し続けているのは、絶対多数を持つ与党の
責任であろう。というか、その者に責任を被せなければ、
国民にとって選挙とは何の意味もない。どんな選択的価値も
投票行動に対して見出せないであろう。



このようなすり替えを行う意図は何か…それを考えると、

今の制度を非難する論調を、このような感情的な誘導によって
圧殺する方針をとっているのではなかろうか…と思えてくる。


お前らマスコミが、ワイドショーが…ひいては国民が、
制度を非難するから、理不尽に立派な人が犠牲になるのだ…と。
現行制度の制度非難が理不尽だ…といったすり替えによって。


マスコミは政権・財務官僚的発想に腹の底で同調しており、
どんな問題のある制度であれ、このまま放置し続けるべきだと、
消えた年金問題が、受給者の完全な死を持って「解決」する
ことが出来れば、国家財政的には“大助かり”
なのは、
現実的に明らかなのだから。