「平均顔」が美人とされる時勢とは…

  • 2007/06/23(土) 12:08:31

多様な価値観が並列された情勢の中では、「平均顔」というものが
最も安全性を高く担保する保険となる。

顔に限定せずとも、
個の生存に関わる特徴を象徴しているものとして見た場合。

平均から外れたものは、その特徴故の優秀さを持っている…としても、
それに投資すれば、そのジャンルにおける優越性が保証される
のであろう。が、一面的にそうであっても、その個性故の弱点も
同時に存在するわけであり、その潜在する特性によって、結果的・
多面的には、高いリスクを背負うことになる。

故に、「平均」が最も保証性の高い存在として、「美」となり
「優」となり、人気が高まる。




しかし、
圧倒的強者・多数派の誕生し認知された情勢の中では、
その一群のもつ形質・特賞が(その特徴が優秀さの根元で
あろうがなかろうが)、「美」の基準となる。
あらゆる動物の性淘汰による不合理な形質と同じく、
エスカレートしてゆく事になる。

大航海時代以降の「白人」という特徴であったり、
敗戦後日本における「外人(アメリカ)」もそう。
戦後世代にあっては、それが美の基準となり、洋画に憧れ、
英語を念仏のように崇拝してきた。活用の予定が無くとも
ただ習いたがるその態度は、信仰・崇拝と言って十分。
(萌えブームと蔑視との対立の根元にも通底するものを感じる)

ただ、強者・多数に所属していなくとも、運命共同体として
社会的・心理的に特定小集団と強固に組み込まれていた場合、
その小集団の特徴に「美」が見出されることにもなろうが。