自負心の所在、自尊心の所在

  • 2008/11/25(火) 12:12:01

昨今の反自虐史観的論争を見ていて改めて思う。

戦後一時期の日本人と、今時の若者の自己認識が。
まったく裏返ってしまっていることを…。

例えばその時代流行した、
石ノ森章太郎の「人造人間キカイダー」に描かれた葛藤は、
自分は強すぎて他人を傷つけてしまう…という絶対的な有能感を
絶対的な前提として、その有り余る力を持て余してしまう。
意図せずに他人を不幸にしてしまう結果を受け容れられない、
どうすれば良いかを決めようのない弱い心だった。


その寓意化は、永井豪の「マジンガーZ」が象徴的だ。
肉体と精神のメタファー


しかし、今時の右巻きの若者には、そのような自己認識は
感じられない。強い軍事力を持たなければ、直ちに海外に占領され、
また、乗っ取られてしまう。ことを怖れている。

自己認識があまりに正反対なのだ。

自分に自信が無いから、自分と関わりのある同じ日本人
のような直接利害関係の対立しない、拒絶される機会が
まず有り得ないような概念を引っぱり出してきて、
「日本人は凄い(自分も凄い)」とやってしまう。

力が有ればそれを使いこなせるであろう絶対的な自負心を
持ちながら、その力が、心が、理想が、正義が貫けないのは、
力が無いからだ。目に見えて判りやすい力を持たなければ
ならない(そうしなければ、やられる)。


…とった、なんとも惨めな心理状況になってしまっている。

自らの行為と意志を捨てて、とにかく強そうな者と同化
しようとしているかのように、為政者の矛盾点に目を瞑り、
サヨクバッシングをし、些細なことにも「売国奴」を見出して、
怖れている。

正にこの状況こそが、戦中の日本人を突き動かしていた
心理的動機とそっくり同じだと言えるのではなかろうか。

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出頭→収束=解決?

  • 2008/11/24(月) 12:21:45

・元厚生事務次官宅連続殺傷事件
・出頭した小泉毅

マスコミの論調を見てると、なんだか、もはや
彼が単独犯で収束って感じですね。

「非社交性的=精神異常者=犯罪者」って方程式で。
(どれだけの国民が犯罪者予備軍扱されてるんだろう?)


まぁ、
彼が「持参」した証拠が一通り揃っているから、
「裁判的には彼の単独犯で事実認定されるだろう」

って事なんじゃないの? 実際のトコロ。

真実がそこにあるって、ちょっと思えない。


小泉改革で日本が破壊された事に憤る…親米右翼ではない…
民族派右翼な連中が、同じ名字ってことで彼に白羽の矢を
立てたンじゃないかなぁ…? 実行犯は別にいるのでは?

・事前の犯人像
刺された吉原さん妻の証言した犯人像と一致していない。
出頭前に各局にバラ撒いたメールで報道された事実関係を
否定しているのも、実行犯の犯人像を隠避することと同時に、
容疑者の人間像に合わない部分を出頭前に否定しておくことに
よって辻褄合わせを行っている。実行犯の言う事だから間違いない
…といった感じで、事実認定を都合の良い方へ誘導しようという
とういうものなのでは? で、

・日本警察の捜査能力に疑問
…として、日本警察への挑戦だとか、挑発のように解釈している
けれども、犯人に乗せられている&何でも権力批判に読み替える
マスコミのステレオタイプな脊髄反射なのでは。

・警視庁に直接出頭
…って部分も、マスコミは自己顕示欲、劇場型犯罪…
なんて言ってるけれど、その手の組織と息のかかった検察が、
身柄拘束するまでに末端の警官に下手なこと言われたら
筋書きが崩れることを懸念して、直接そこへ出頭するように
指示したんじゃないの?

・家族を殺された
ペットロスを犯行動機に選んでいることは、身代わりを
引き受けた時に何か自分が立たなければならない理由が無い
のでは、自分の心が揺らいでしまうから、どうしても、
「自分がやらねばならない理由」が欲しくて、そこに答えを
求めた…そこにしか求められなかった…ってことなのでは。




…とは言っても、私は「そうに違いない」と思っている訳では
ないので、こういった観点に対する否定がきっちり成される事を
期待して事態の展開をただ待つ。

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反自虐史観の自虐性

  • 2008/11/21(金) 13:18:19

自虐史観を否定する方々は、何故、戦中の一時に執着し、そこのみを誇ろうとするのでしょうか。戦前に勝るとも劣らない戦後一時期の偉業も同じ日本の歴史として誇るべきではないのでしょうかね?
反自虐史観の方々の論調こそが、戦後日本を貶めているように思えてならない。
自衛隊は隊員の意識として、今ある日本国民のために活動しているのではないのかもしれませんね。滅びた大日本帝国に殉じているのであり、現世にあってアメリカの先鋒として働くことを望んでいるのでしょうか…。生き生きと洋上で活動してきた隊員が日本に帰ってきて自殺する…なんて話を聞くと…


私が考えるのは…、
 自衛隊員が自信をもって活動できるためには、
  日本の歴史的な無謬神話を強化して、
  お前達も絶対に間違うことはない

 とでもいうような麻薬にも似た全能感を植え付けること

…ではなく、

文民統制の責任の所在が示すように、
 責任を負わされるのは文民であって、
 諸処の活動を行った隊員個々人ではない。
  責任は責任者が取る。
  お前等が決して責められるようなことはない。
  だから命令には自信を持って活動しろ。

 そのような発言をこそ発するべきではないのか?


 隊員達が自信を持って活動できないと言うが、
  隊員達に迷いを生じさせているのは、無謬神話の押しつけ
  による、結果責任をも背負わせるような過剰なプレッシャーと、
  常に自分で考えろ!というような責任者の責任放棄

 あるのではなかろうか…と思えてならない。

 イジメが横行し、死者、障害者、自殺者が出つづけるのも、
 戦略も合理性も責任感も無い上官が、隊員に無茶で理不尽な
 要求ばかりを突きつけているからではないのか?


文民統制の下で隊員の自尊心と使命感を支えるために必要なのは、
反自虐史観としての優越史観を植え付けることではなく、
実行部隊に責任転嫁しないことではないのか?
過去の反省を政治家が頭を下げてそれを担ってくれている
のだからこそ、隊員の側は、胸を張って活動してよいではないか。


そして、世間に対して訴えるべきは、過去に執着する事ではなく、
現実の活動で新たに果たした使命を誇ればよいのではないのか?
不祥事が続発する昨今に至る前までの活動は、立派だと思っている。

結果を取り繕うとするから、信頼を失う。
結果を真摯に受け止め、必要で的確な判断を行うことの
できる能力を持っているのかを疑わせる結果となる。

こうなってくると、自衛隊の不祥事は、彼らが正しいと考えた
隊内の優越史観教育の結果として起こっているのではないかと
すら思えてくる。
(→自虐史観だったからこそ…)

過去の過ちも、高い理想としての未来と、現在の堅実な活動によって
誇りも埋め合わせてゆけると思う。というかそれしかない。