中山国交大臣の火の玉発言

  • 2008/09/27(土) 23:39:24

安倍総理の時代から、自民党鷹派の間からは、
なにやら戦後教育批判が上がっているが、

私の実感では、日本を蝕み食いつぶしたのは、
戦後教育の弊害ではなく、戦前から亡霊のように残された、
軍閥的・財閥的・学閥的な、利己的で傲慢なヘゲモニーに
よってだ! と言うべきだ…と思う。

その口先だけのイデオロギーがどんなに異なっていても、
その中身は、実体は、ほとんど同じ。

そんな同類である似たもの同士が、互いに利権を温存したまま、
その利権を醜く奪い合っているだけだ。互いがどんなに相手を
口汚く非難しても、その指摘が正しくても、利権の所有者が
移るだけで、大衆にとっては、なんの利益もメリットもない。

そもそも、日教組に対応しうる教育委員から、民主的・市民的に
機能しうる仕組みを奪ったのは、自民党が行ったことではないか。
公選制から任命制に変えることによって。市民の代弁者たる
特権的地位を不動にしてしまった。競争原理を働かせ権勢しあうよう
し向けるとう手法もあっただろうに、集権化しか頭になかった故で
あろう。そして今なお、労働組合を全般的に憎悪する。



モラルの荒廃は、戦後の個人主義によってではなく、
戦前から一部にあった、利己的・特権的態度が、
隠しきれず上から染み出し、流れ出してきたことによって、
末端にまで傲慢な人間に満ち溢れるようになった…と
見立てるべきだ。

子どもたちは…団塊の世代からの大人たちは、
民主主義教育によってではなく、
権力者の態度を見て、素朴に真似ているのでしょう。

どんなに嘆いてみても、自らを鏡で見ているようなもの。
天に唾するようなもの。


追記>
新大臣は三日で辞めることとなった。

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ミンナのセカイ

  • 2008/09/26(金) 22:12:46

今の時代を、

牧歌的に懐かしんでもよいのではないか?

それを再び手に入れたのだ。
村中知らぬ者は居ない…というような、あの
シチュエーションを都市単位で実現しているのだ。

ネットによって。


これをどう見るべきか?

懐古的な連中は、この状況を本当は喜ぶべきで
はなかろうか。であるならば、それを自ら率先して
よく使って戴きたい…と思う。

そはしたくないと言うようならば「3丁目」的な
ものの欺瞞を捨てて欲しい。

単なるおぼろげな記憶への逃避であるのならば
そそこで留めていて下さい。さも自らの時代が理想であり、
現実が酷く堕落したように吹聴しないで戴きたい。

アノコロの現実をきちんと思い出せるのならば、
世間の目という拭い難い閉塞感を思い出すならば、
今の監視カメラ社会であり、携帯ジャーナリズム時代であり、
動画投稿サイト繁盛の時代の窮屈さ、息苦しさも、
あの頃のそれと同じものとして甦ってくることは
ないのでしょうか…?

血縁主義と言われても

  • 2008/09/25(木) 20:06:36

「性」を汚らわしく汚らしいと感じ考えている
決して少なくない女性達も、これまで我が子を得るために、
その痛さ気持ち悪さをガマンしてきたように…

性同一性障害の方々にも、生殖能力があるならば、
自分の子どもを得るという喜びと生き甲斐を得るために、
「工事」なんてしてしまわないで欲しいと思う。

どんなに言ったって、その目的を叶えるためには、
“性的な異性”…精神的なそれではない…と、
関係を持たねばならないのだから。


「亭主元気で留守がよい」と言っている主婦同士で
毎日のランチを外食で楽しんでいるような方々も、
子どもはかわいく生き甲斐であるはずだ。


私としては、法的な「常識」をこそ変えるべきであって、
それを前提として自分を壊して欲しくない。
本人は「治す」というつもりであっても。


性の同一性に障害が無くとも、生まれながらにして
…もしくは後天的病によって、生殖能力を失ってしまう
者も居る。彼ら彼女らからすれば、勿体ないことだろう。
羨ましいほどに…。

彼ら彼女らも、愛する人に子どもをつくってあげられない
という意味では、そして性同一性障害の方々と同じ様な
愛の壁があると言えるのではなかろうか…と考える。


外見的なジェンダーで云々することを絶対視しているから、
法の側を戸籍の側を変えようとすることのみが解決になって
しまい、「工事」のようなことが強制されてしまう。

外見的なものを絶対視しなければ、戸籍的には性的な
関係性が描かれていると割り切ればよく、それは単に
実子の継承がなされている可能性があるかないかだけを
測るだけのものとなってしまってよくないか? と思う。
昔から養子という存在が認められているのだから、
そのような意味において養育者が外見的古典的ジェンダー
に捕らわれた男女の両親でなければならないとさえ
考えなければ、「工事」などしなくとも、生殖能力の
破壊を条件にするような残酷な条件を付す必要も無い
ように思う。

今後、ますます雇用状況が悪化するであろう中で、
両親共働きであっても、子どもを一人育てることすら
困難であり、躊躇するような中で、社会的にも経済的な
基盤も持たずに子どもを持つなんてけしからん!と
非難される中で、いっそのこと、戸籍は相続の条件の一つと
割り切って、一人の子どもを男女を問わぬ数人の大人が
養育することを表明するような形の戸籍をも認めてしまえば、
必然的にジェンダー問題も性同一性問題も、それらの
バリエーションの一つの中に溶け込んでしまうのではないか

と考えるのだけれども、…このような考えは温いだろうか。