大化の改新@NHKスペシャル

  • 2007/02/02(金) 22:14:26

大化の改新@NHKスペシャル

今の時代に重ね合わせて理解し得る教訓として語られていもいる。





大化の改新とは、平和ボケのバブル期の日本のようなものだ。

憂国の士を次々に排除して、欺瞞に塗り固めて搾取と享楽に
明け暮れ、無駄な公共工事を垂れ流した為政者たち。
それがそのまま中兄皇子らの勢力と重なるという見立てだ。

それが、大化の改新から白村江の戦いまでの空白の18年となる。

欺瞞に欺瞞を重ねた先に、原理主義的で盲目なファシズムのまま
強大な軍事大国に無謀な戦争を挑んだ。

こう書くとそのまま大正デモクラシーから日米開戦への
大政奉還後の政治的流れがそのままここにも対比できる。


太平洋戦争のような完全な敗戦…無条件降伏を経験するまでには
至らなかった当時の日本は、いちおう国の体裁をその後も保てて
いたのだろう。





ここからは私の空想だが、
軍事的脅威の前に比較的民主的に徴税・集権をしてきた
蘇我の手法は戦後の護送船団方式に例えられよう。
その蘇我氏の無私の利権構造を、私的な利権構造に
変えてしまった者として、中大兄・中臣鎌足らの行為が
見立てられる。

いわゆる「戦後体制」…戦後民主主義とも呼ばれるものの
機能を、当時伝来し流行していた「仏教」の…例えば不殺生
のような…教えが、果たしていたことだろう。

そして、私的に富の集中をしている側が作り上げてゆく
“実体的な格差”が、その後の律令制…根元的な
格差構造を作る事に絶対的な根拠を付与するもの…を、
誰にも反対させない/反対し得ないままごり押しする
ことも可能となったのだろう。

国民は搾取されるだけ、国土は疲弊するにまかせること
になる。それが絶対化しすぎたが故に、その後の
国力向上には、“武士”のような「絶対的な隷属を
根拠とした権力」という矛盾した論理構造を捻出し
なければならないほど、未来に大きな大きな禍根を
残すことになった。




今の日本もこの両極端の分岐点の狭間に建っているように思う。

政治がこのまま社民党が得意としたような、論理性を欠いた
感情論に終始しているならば、日米開戦や白村江の戦いに
走ったように、無謀な資本の暴力という非軍事の戦争に
大敗を喫することになりそうだ。

かといって、今の自民党のような一党独裁政治を続けていても、
例え大敗の痛手を回避できても、長期の貴族政治によって、
一時の損害の比にならぬ搾取構造を構築されてしまう。

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL



この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する