大人の態度ってものなのか

  • 2006/12/10(日) 12:56:36

なんであれ、戦後時の大人たちは自らの過ちを真摯に受け止めた。

だからこそ、子どもたちに期待を託し未来を預けた。

それは例えば「金の卵」のような言葉に表れている。



しかし、
バブルを引き起こした大人たちはどうか?!

自らの失敗も、負債を積み上げた反省も、それを裏付けた価値観も、

何もかも胸の内にとどめたままだ。

そして、ただ若者に責任を押しつけている。

怠惰な存在だと決めつけ、見下して、蔑視し、

政治的に、差別的境遇へと押し遣っている。

自業自得・因果応報だ…とでも思っているのだろう。





この差はなんだろう?
前者は、戦前の利他教育を受けてきた存在であり、
後者は、占領教育によって自分の為の行為こそ正義と
教えられてきたからこそ、利己的行為に終始できるのか?

新人類以降は、表面だけの自由とお題目だけの個性承認によって、
実際は、一切自己主張の許されない環境に置かれてきた。

それは戦前の教育と、どこか似た側面がある。

故に、今時の若者は、あらゆる日常的な事にまで国家の関与を求める。
新人類以前の人間には、正気の沙汰とも思えない「無私の世界」を
求めている。本心で無いと信じたいが、表面上はそれこそが「正解」
だと見なしているようだ。

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