差別される職能集団

  • 2006/12/05(火) 22:02:44

…と言えば、サンカの事である。


そして、現代の「派遣社員」が、“新たなサンカ”として、
その社会的“地位”を担わされ、固定化し始めている。

実給与が正社員の1/3〜1/4というのも十二分に
「差別的」であるし、使い捨て使い回しされるその扱いも、
相当程度非差別民と言って良いような状況である。

そして、有資格者として派遣される彼らは、無能ではなく
有能な職能集団である。

言うなれば「ヒニン」であろう。そして戦前にその
12倍居たとされる「エタ」は、今ならばフリーター
と言ったところか。小泉改革で開かれた単純労働にまで
拡大された派遣労働は、優れた職能を持つわけではない
それを「エタ」に対応して良かろう。

ここで、「正社員より裕福な派遣社員が居る」との反論が
あるだろうが、それにはこう返そう。「指導的権威的な者も
サンカの中には居た」…と。シテ。




明治の初期は、江戸時代にあっては丁稚のような形態で
給与契約ではなく同居して働いていた大多数の「労働者」が、
政府の指導の元、大量に「解雇」させられた。

明治政府は自ら指導する国造りに都合の良い人員確保を
強行する下地としてそのような事を行ったのだろうが、
大多数の者は、新たに就職する先も無く、食う手段もなく
「田舎に返された」…帰れる状況でなくとも。

そのうちの多くは、「サンカ」の中に吸収されただろう。

サンカと白山神社と隠れキリシタンに繋がりがあるのでは
なかろうかとの指摘もあるようですが…白山権現の信仰の
ドグマを私は何ら知らないのだけれど…白山信仰には、
そのように社会から排除された者を救う民主的なものが
あって、幕府の元のキリシタンや一部の真言宗徒らを
「吸収」していたのではなかろうか。吸収…それは「保護」と
呼べるようなものではなかっただろう…そんな経済基盤など
無かったろうから…言うなれば共存共栄だろうか。



いや、宗教に何か根拠的教義を求めるべきではない。

もっと人の本能的なやむにやまぬ状況の中で、現実に
即した環境対応によって何処にでもそのような集団は
生まれるのではなかろうか…と、私は考える。


それは、戦後初期、やくざのようにも言われた土建屋が、
多くの戦災孤児や浮浪者の世話をしてきたたように…、
それが十分だとは言えなくとも、ともかく職食住を提供
してきた。

その後、政府との共同によって、浮浪者狩りが山狩りにまで
発展していったのだろう。故にサンカと呼ばれる「民族」は
絶滅した。そもそも民族と呼べるような存在ではなかった
のだろうが、アイデンティティを喪失した戦後後日本人は
民族学の延長線上に神秘的な幻をそこに見ていたようだ。

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