責任を負った指導

  • 2006/12/04(月) 18:58:07

指導者が自らの価値観を前面に押し出して指導する。
それが大人の責任では無かろうか?! …と私は思う。

とは言っても、隷属化を肯定するのではない。

仮に「生徒が反発をする」のならば、
その「反発するのは何故か?」を、彼の内面に迫って追求し、
相手との対話と、彼の中の自省のと指導者側の理解との中で、
成長する行き先を見定め・促せばよいわけだ。

もちろん、素直に遵うならそれも良し…であろう。



だが、ただ漠然と、
「おまえは何になりたいんだ?」
「おまえは今後どうしたんだ?」

そう言ってしまう指導者が多いのではなかろうか?!
そんな言葉、言うのは簡単だし、あたかも相手を尊重して
いるかに見える。

しかしそんなもの、相手を何ら見ていなくても言える言葉であり、
おそらく、相手を全く尊重などしていないし、伸ばすべき個性も
何も見えていないのではなかろうか。


それでは指導者としては失格だと私は思う。
大人としての「責任」を果たせていないと考える。

そのような者が多いからこそ、例えば教師に対し
国家的な指導基準の統一を要求し、その指導に
権限を求め、法整備を求める事になるのだろう。

そこに「自らの意志と理念に基づいた行動」は無い。

自分を守るために大樹の後ろに隠れようとしているに
すぎない。

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