行為と結果のプラス作用マイナス作用

  • 2010/09/15(水) 19:12:22

例えば、

どんなに違法は労働被害に遭っていても、

その被害を訴える者が、バカっぽかったら、

世間からは「自業自得」「だから出世できんのだ」
で終わる(ただし、美男美女は除く)。




違法な労働環境の是正を訴えて効果があるのは、

その境遇にありながらも、法律の知識があるような特異な事例か、

気まぐれで自分とは関係のない境遇にある者に同情的になれる者の存在が現れるか。


その二例を、待たなければならない。


後者の場合、エリート家族のバカ息子という事例によって
少しは生じる可能性が高い。





「自分が捨て石になっても」などと、殊勝な心持ちで
窮状を訴えたって、待遇改善なんて起きないどころか、
むしろ逆効果である。

「ああ、ああいう空気の読めないバカにはお似合いだ」

「もっと酷くても、いいんじゃね?」


結果、差別待遇の拡大に、自ら力を貸すことになる。

ともすれば、違法なことが、違法でなくなるかも知れない。

世間が「(雇用主の足枷を外す)規制緩和」を、
支持する根拠ともなってしまうから。


マスメディアを使って「クレーマーウゼー」だとか、
ヘイトスピーチを増長させることができれば、
大衆の声を反映したと称して庶民規制の口実を得ることも
できる。脊椎反射な正論の合唱は、それを与えてしまう。





そして、

あらゆる発言がポジション・トークであるに違いない

信じているに等しい反応をする者も多い。

「この○○に反対する奴は、××に違いない」

等々。



この二つを組み合わせることで、
対象をパラドックスに追い込むことも可能。

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL



この記事に対するコメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

  • 投稿者: -
  • 2011/03/06(日) 18:23:48
  • [編集]

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する