カタカナ語の要

  • 2009/10/29(木) 12:49:14

人は、聞き慣れた言葉であれば、
その意味を、内実を、本当に正しく認識して
いなくとも、分かった気になっているものだ。


だからこそ、あえて聞き慣れない言葉を持ち出し、
その用語を説明する課程において、
「なんだ○○か」と思われてしまう前に、
失念してしまっている本来持ち合わせていた
今後の説明に必要な概念を要素を頭に留めさせる
ように誘導できる。


その一つが、外来語直利用のカタカナ語が、
全く新しい用語を創出するより楽であり、また、
無意味に無駄な用語を増やすことも回避できる。


例>
ロコモティブ・シンドローム
…それって要は、運動不足でしょ?


言っちゃえばそうなのだろうけれど、
「運動不足」という言葉の持つニュアンスの中に、
子供が叱られて注意されているような、
単なる怠け者であるかのような情緒がある。

そう言われると、幼稚なことと問題を見下したり、
子供扱いされたと不愉快に感じてしまったりして、
問題の本質に耳を傾けるまでに行かない。

…のだと思われる。

そこで、新しい伝染病のような、新発見の病気のような
不安を伴ったものとして、カタカナのよく分からない
「病名」として「知っていますか?」と持ち出されれば、
身構えて聞くことになる。

結果として、「要は運動不足じゃん」と思ったとしても、
そう気づくまでの課程において。単なる運動不足であっても、
それが馬鹿には出来ないこと、かといって手遅れでもないこと、
その必要性や、自分の考えた至っていなかった側面などを、
知ることに、学ぶことになる。



いちいちカタカナ語を持ち出さないならば、まず得られない
であろう体験を知見を、そこでは得ることになる。

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL



この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する