アダムと天皇

  • 2006/11/12(日) 17:31:36

イスラム教が“人類皆兄弟”・“万民を同族”と見なしうる
その根元たる「アダム」という概念の根本は、

「ミトコンドリア・イヴ」や「Y染色体アダム」を
確率論的に定義するのとほぼ同じ論理構造が使われている。



そして、そのイスラム教の成立に遅れ日本の発明した
「天皇」なる統治機構も、同じ概念を規定にしている
かに思える。私には。




それは例えば、王、親王、天皇なるネーミングからも想起される。


古来もともと、王を元にした血族集団が有ったであろう。
その乱立状態を総括的に統合する形で大王なり豪族なりが
勢力を拡大し争乱へと向かう。

そのような“力で正当性を誇示する”状況から…弱肉強食で
不安定な政治状況において…、平和的で公平に正当性を
見出す必要性があっただろう。

そこで、イスラムの「アダム」のように、万民に血縁的に
共通する祖先が存在しうることを合意し、それにもっとも
相応しい者を、「天皇」と定義したのではなかろうか。

つまり、一部王侯の明確な共通の祖先を「親王」と呼び、
それら「親王」らの共通の祖先を「天皇」と呼ぶことにした。
「皇」なる文字の成り立ちからもそれが伺える。

だからすでに存在する“遠縁であると認知された”既存の王侯を、
逆説的に天皇とも共通する祖先からの近しい従兄弟・再従兄弟と
同等にみなす。

そのような流れの中で、逆説的に今上天皇の実子が親王と
呼ばれるようになり、それら親王の実子らが王と呼ばれる
ように変化していった姿が、今残る呼称なのではなかろうか。
時系列を逆転して、相似した逆様のピラミット型樹形図作る。



そして意図的であるか結果的であろうが、男系で繋がれてきたことも
逆説的に、逆システム学的に考える必要があるのではなかろうか。

一般的に、政治的野心が高いのは、男である。そのような、破壊的で
利己的な存在となりやすい「男」を、易々と皇族に加えることは、
非常にリスクが高い。現に、天皇の直径の子孫にあっても、粗暴で
反権力的な存在は生まれうる。例えば将門のように。

だから、ここでは、受け継がれたY染色体が、そのそも根元的に尊い
のだとか神聖なのだとか言うのではない。

女性のみが後続に加わることができるということは、権力欲の
アブソーバだとも言える。

そのような障壁がなければ、時の権力者である藤原氏だとか平家だとかに、
その時点で、権力も正統性もごっそりと易々と奪われていたであろう。
そして、その強権に対する正当な反旗によって、その都度、血統は丸ごと
否定されることになっていたであろう。例えばフランス革命のように。

そこには時の権力と分断された、異なる正統性の連続があるのだろう。

だからこそ、大日本帝国政府を軍国主義として否定しても、皇統は別で、
戦後も連続して維持され、変わらぬ尊崇と親近感と一体感が連続して
いる。



そして、この認識に立てば、
“明らかに女性である天照大神を太祖としていながら、
男系で皇統を繋いでる”という一見には矛盾していると
思えることに辻褄を合わせることができる。

それは、例えば「騎馬民族だとか中国皇帝の傍系が日本を
乗っ取ったのだ」という一部主張をも否定できるように思う。

天皇は、その時代の軍事的な勝者ではなく、国民の総意であって、
日本国民の統合の象徴であった。そうであれば、この国土に住む
国民全て皇族であり、同族であるということも意味する。
だったら庶子が皇位につくことも、例外でも暫定処置でもなく、
至極当然なのだとも言える。

日本国国土という遺伝子のプールから、女性が選ばれて皇族を残す。
常に日本民族という“天照大神”から天皇が生まれるのだ。



では何故、女系はダメだと言うべきなのか。

それは「男系」を至上とする大陸側の権力構造から、日本国統治の
正当性を奪われないようにするために必然的なことであったのでは
なかろうか。

男系で繋がれば、それ以後の男子は「有姓」にならざるを得ない。
本人が名乗ろうが名乗るまいが、ある特定の氏姓を持った存在として
認知されてしまう。その特定一族との間に強い関係を作ってしまう。

皇族が、“無姓”・“無氏”であることは、そもそもの男系が、
全くの匿名の存在であったことを物語っている。

祖先をどことも特定できない存在としての天皇だからこそ、
日本民族としての正統であり、万民に公平な存在として振る舞える。

そのような解釈の上で…もちろん私個人の一方的な解釈であるが…、
私は、皇統を支持できる。その解釈の上で、天皇の存在が少数者を
救う存在となりうるのだとも言える。



そして、日本では、女性が嫁として嫁ぐと、姓を変える。

氏姓の本場では、決してそんなことはない。文字通り
遺伝子に対応したトレーサビリティとして機能する。
養子であっても姓を変えるようなことはない。

そして、女性が蔑視されて氏を変えさせられるのでもない…
日本での氏・姓はその導入からそもそも混同されているので
あえて混同したまま続けている…と考える。今上げたように、
外威からの独立を担保する仕掛けの中でそうなったのだ…と。

そもそもの日本民族は誰も氏姓を持っていやしなかったのだから。

氏姓を持っていることは、ある時点まで異民族の証明であり、
日本民族の側から管理される対象としての移民に付けられた
ラベルであったろう。

管理される対象としての氏姓が、その制度の中で中央権力と
密接な関係を築き、権力に近しい存在証明としての氏姓が
権力の象徴として意味を変質し、「大名」のような権力の証明
であり、権力の根拠である…というように権威の伝播装置へと
変わっていったのだろう。




そして、「記紀」。
おそらくはほぼ同時期に各地で神話化されていたであろう伝承を、
“一つの歴史”として、並列を直列に組み替えた一つの神話
として作られたのであろう。

類型の反復があったりするのも、また名前の長短が歴史的な
連続性に逆行するように見受けられる箇所があるのも、
編纂時において、文化的明暗の差や軍事的な強弱等、
時系列とは別の力が働いて、序列とも似た系譜が作られた
からなのであろう。

しかし、自らの文化が初代に近しい位置に配されることは、
正統性を誇れると同時に文化的に未開であることも刻印されて
しまう。例えば…柳田国男が貧しい農村の文化を日本の原風景
として文化的正統性を認めたが故に、貧しい状態のまま文明から
孤立され固定化されてしまったように…。また、発展途上国が
民族的なアイデンティティを強めれば強めるほど、経済的に
発展できないままで貧しい状況を強いられるように…。

それらの選択は、至極トレードオフである。

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