新しい商売について

  • 2009/07/17(金) 18:04:57

知恵で儲けることは良いことだけれども、
その善し悪しとは別に、
考えなければならないことがる。

例えば、行政が勧めてはならないもの。


具体的に例示すれば、「○○円均一」

もちろんこれも、商売として何も悪いことはない。
「安く」というコンセプトには、庶民として有り難く
思うし、庶民の味方としての正義である…と、
言っても良いだろう。

しかし、この商売は、ある意味サブプライムみたいな
もので、「ホントは安モノ」と「本当にお値打ちなモノ」
を混ぜ合わせて並べることで、その差を混同させ
埋め合わせ、総合的に帳尻をあわせるもの。
「お値打ち商品」で客寄せし「ついで買い」によって
補完をするもの。

それに加え。その統一化された商品管理単純さが、
社員・アルバイトのスキルを、さして必要としない。
単純に人件費を抑えることになるだろうし、教育や
研修コストを抑えることもでいるであろう。

それは、見方を変えれば、それらを賄っている
他店に比べて、人員削減しているようなものだ。



上記の例えの他にも、同様の事例はいくらでも
想像できることでしょう。

これらを政治的に日本全面展開してしまえば、
同等程度のサービスを維持していても、
必要な人間を少なくして済むということとも
同等なので、そこから溢れた分だけ、失業者
となることになるはずだ。

行政がこれを勧めるということは、行政が率先して
雇用環境を悪化させることをあえて行う。ということ
でもある。

全体の奉仕者であり、生存権を歌った憲法の
遵守を義務づけられた行政
の立場にあって、
そのようなことを行って良いはずがない。


「モダンタイム」ではないけれど、極端な話、
すべて機械化してしまえば、人間など不用
無用である。完全市場主義の元では、
人口の大半は死んでくれ…と言うようなことに
なるだろう。必然的に。

今、政治財界で進められている財政改革とは、
総じてこんなものだろう。人件費削減と
在庫の切り詰め。社会を構成する人間を
少なくしないと成り立たない社会を、経済的には
作っている。

保険や年金においては、経済右肩上がりの前提が
見直されることなく放置されているとしても。




例えば、家電小売りのヤマダ電気などの
取り組みは、それとは逆である。

あそこは、あえて店舗配置する社員を増やすことで、
来店客の疑問質問に的確迅速に応えることによって
購買を促す。その取り組みは、来客への宣伝・教育
ともなり、知らないから買おうとも思わないモノを
購入に導くとともに、より多く雇う社員の分だけ、
それをしないより市場に流れるカネを増やすのだから、
社会全体の、売り上げにも自ら貢献することにもなろう。


今例示したものだけをみれば、微々たるもので、
それだけで経済を立て直すことなど不可能だと
言って良いだろうが、社会全体で取り組めば、
確実に内需拡大につながってゆくだろう。


高度経済成長期では、自動車会社は自社の商品を
社員に買わせていた。買うことを推奨していたし、
買えるだけの給料を与えていた。

そして、機械化の進んでいない段階では、
生産量を増やすことは、そのまま雇用を増やす
こととも同義だった。

これらは経済成長の結果であるとともに原因
でもあったはずだ。

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