尊敬されない自衛隊問題

  • 2008/11/26(水) 12:24:45

自衛隊が、“今”、尊敬されないのは、    …注1
・反戦主義者の声が大きいから…でもなく、
・自虐史観に染脳されているから…でもなく、

その影響が強かった頃、隊員集めを手軽に済まそうとして、
・学校で成績の悪い者ばかりに募集の声をかけていたり、
・待遇を売り物にして、物欲で人を引きつけようとして
来たからだろう。

1980年代末にあって、
「自衛隊の勧誘を受けた」=「落ちこぼれのレッテルを貼られた」
ということだった。

学校の側が、もはや成績の伸びも、進学の可能性も見込んでいない
故の口利きのような情報流しがあるのだろうな。という認識だった。

そんな連中の集まっている(と思われている)「自衛隊」が、
尊敬されるはずはない。

これこそが、自衛隊が尊敬されていない“今”の要因だろう。
これは、学歴主義の中で、自らよりも学歴の低い教師を尊敬しようと
しないモンスターペアレントの連中とほとんど変わらない論理。



思うに、自虐史観だとか、優越史観だとか、そういった問題ではなく、
この社会が、学歴だとか年収だとかではなく、きちんと、その者が、
・社会的にどのような役割を担っているか。
・その役割がどれほど社会にとって欠かせないものであるのか。
…をもってこそ、尊敬される価値観が認識されてゆかなければ、  …補1
どんなに傲慢な優越史観を強制しても、どんなに持ち上げて
隊員を自惚れさせても、好ましい結果が訪れることになるとは
どうしても考えられない。

それは、教師を尊敬させるために権威を与えて体罰を公認しろと
いった論調とほとんど変わらない。



正確には判らないけれども、中曽根時代以降、軍事費はどんどん
増えているイメージがある。増えていっているほどには、自衛隊の
活躍は、響いてこない。それはサヨク新聞が統制しているからだ!
といった理屈で通用すると思っているかもしれないが、右翼の側も
活動実体が不透明で、宣伝したくてもできない状況(たぶん)であって、
自衛隊が自ら引きこもっている。何もかもが「軍事機密」となって。

その投資に見合っただけの活動が成されているのか、
装備に見合っただけの能力を本当に持っているのか?

なにより、そのような疑念によって、客観的な国民は、
自衛隊を尊敬しきれないのではないのか?






注1>
ここで言う「今」は、ここ2,3年以降を意味する今ではない。
最もバッシングが強かったであろう1960〜1980年に比した「今」
としての1980〜2000年頃であり、その時のイメージでものを話し
ている現在30代〜40代の持っている実感としての今でもある。
映画等々、描かれた勇ましい自衛隊員のイメージが主であるであろう
ここ数年のプチ右翼と言われた人たちには、まったく実感に合わない
「今」であると思う。が、そのような側面があることも知って、
上の年代に向き合うことで、何故話が合わないかを理解する助けに
なることと思う。




補1>
たとえば、3Kのような形で、臭い、汚い、キツいを、劣った者の
仕事として、部落問題の問題逸らしとして彼らにその職を「斡旋」したり、
今も、安い労働力確保のために、海外から人材を集めてくればよい
というような奴隷商人的発想がまかり通っている。

しかし、どんなに表面をキレイ事で固めても、臭いものに蓋をしても、
下水処理やゴミ処理、第一次産業、第二次産業が存在しない社会など
社会として成り立たない。そして、そのような社会にとって不可欠でも、
個人的にはちょっと身を引いてしまうような職業にある者を、
それ故に尊敬できるようにならなければ、どうやっても、行き着く先は、
階層社会に他ならない。下層民が上層民の下の世話をすればよい。…と。

自衛隊の尊敬云々の問題も、「社会にとって不可欠でも、
個人的にはちょっと身を引いてしまうような職業」である
という意味においては、同じ事ではなかろうか。

はっきり言えば、今の社会が、

「損な役回りを買って出る奴はバカ」
「嫌なことは、無能なクズにやらせればイイ」

この二語に尽きているってことだろう。

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL



この記事に対するコメント

この記事にコメントする

管理者にだけ表示を許可する