傷の舐め合いと共犯関係

  • 2006/10/02(月) 23:08:48

今、大衆と自民党は、「傷の舐め合い状態」にある。

また、“下には下が居る”時代でもある。
メディアは、そのような言説に溢れている。
隣国をバッシングしているのもそれの内だろう。

おそらく、世紀末に高まった自らの劣等感に苛まれる苦痛から
逃れるために、現状で満足を得ようと言う心理が、自分以下の者を
見て、優越感…とまではいかなくとも、少なくとも自己肯定の材料に
なっているのだろう。

それは「愛国心」論議が高まっていることにも通じる。
その根本的心理は、現状追認であり、「良かった探し」であり、
自らへの欠点から目を逸らすことでもある。良いところしか見ない。

弱い自分から目を逸らすために強い国家を望む。
そして、自らがよって断つ「国家」も弱くては困る。
「溺れる者が藁をもすがる」では駄目なのだ。

だから、国家が「強い」と思いこもうとするし、
現状の政権が、それに相応しいとも思えなければならない。
で無ければ、安心が得られない。すぐ目先の選択肢の内に、
ベストがなければならないのだ。だから内閣支持率が高くなる。
コップの中で用意された選択肢以外には、目が行かない。

政権交代など悠長なことを期待するほど余裕など無いのである。


「下には下がある」
それは決して自分を投影することのない「他者」であり「他国」
でなければならない。だから敵視になる。利害共同体である
米国がどんなに卑劣なことをしていても目に入らない。
見えても見ないのだ。自分の弱さに響くからだ。

「下には下がある」
それらは、バブルの頃であれは「縁起が悪い」とでもいうように
目を逸らしていたものでもある。良くも悪くも常に上を向いていた。

逆に言えば、あの頃の日本人の方が、ずっと共感能力が高かったとも
言える。…と言っても、両者は共に同じ日本人同じ個人なのだが。



では、何故そこまで弱くなってしまったのだろうか?

オイルショックまでの日本人は強かった。昨今戦後レジュームといった
明らかな“不利益があっても”、そのハンデがあっても相手(諸外国)に
勝てる!! という気概があり、確信があった。

今は、そのようなものは全く無い。

「諸外国がどうだから、対等に」だとか、「普通の国になる」だとか。
今はすでに圧倒的な経済大国だという優越性を持っているにも関わらず、
下駄を履いているにもかかわらず、弱者相手に怖がっている。

子供が怖いと逃げている、不正義に注意のできない大人の姿が、
ありありと写し取られている。そっくりなのだ。だからこそ、
そんな政権与党の支持率があるのだろう。共感し共鳴し合う
関係なのだろう。


そこに客観的第三者的視点はない。
ただ、「あちら側」「こちら側」の二項対立だけ。

弱い者に敵(抵抗勢力など)のラベリングをして、集団でリンチにする。
そんな差別行為を、この国はあの政府はこの国民は、いつまで続けるのか。

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