目の中に入れても痛くない

  • 2006/10/01(日) 20:02:52

それって、本来「傍ら痛い」の否定語ではないだろうか。
「視界に入れ(傍ら)ても不愉快(痛い)にならない」といった感じで。

なんだか、とても良いような意味で使われがちですが。

そう変わってしまったのは、
「出産の痛み」を「鼻から西瓜を出すような」と比喩する
ように、「目の中に入れる」という描写を物理的に押し込む
…という意味にしか読めなくなってしまった…維新後の
西欧的合理主義の影響…ではなかろうか。


…といっても、
汚く躾のなっていない子供は、大人社会から見て、
当然のように「傍ら痛い」ものであったのかもしれない。
それが「常識」であれば、視界に入れても不愉快でない
とうのは、相当程度の誉め言葉であったろう。
貴族が差別階級と言葉を交わすというような感じで。


よって、ともかくこの言葉は、本来、
誉め言葉ではなかった…のではなかろうか。と考える。
故に、誉め言葉としては使わないようにしようと思う。

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