差別問題問題

  • 2008/07/25(金) 12:30:55

アメリカの場合、差別問題が、人種問題として…肌の色として…
とても見え易く分かり易いことは、ある意味で救いである。

日本の場合、その差別意識と差別行動と、それの作る構造が
至極見え難い。問題を問題として表面化し難い。

のみならず、大衆の理解を得難い。



外見上では非差別部落民の見分けは付かないが、頑として差別は残っている。
無自覚に関わってしまったらば、その「イジメ」の巻き添えを食いかねない。
故に他人に対し疑心暗鬼になり関係を深めて行けない。

逆に、その訳の判らないが頑と存在する差別構造の中で、見に覚えもなく
自分も差別の対象になっているかも知れない。差別的扱いをされている
だけであるのに、自分の対人能力・コミュニケーションスキルに何らかの
落ち度や未熟さがあるのかも知れないと、思い悩まなければならない。
解決のしようの無い問題に絡め取られ、身動きが取れなくなってしまう。

しかし、客観的に指摘することの出来ない複雑な構造問題によって、
すべては「自己責任」という決まり文句で封殺されてしまい、決して
救われることはない。



アメリカのそれが現実問題、此処で扱っているような生やさしいものではないのは分かっている。比喩として不謹慎だったかも知れないけれど手頃で分かりやすい例示が思い浮かばなかった。問題があると思われる方は各自で読み替えて下さい。

また、日本の現状も、たいぶんとこ海外から来てる方を見かけるので、以前とは状況は異なってきていることと思う。

敗戦の影響もあってか、欧米人はお客様扱いであって、マイノリティ迫害的な感情の対象としてそもそも見ることはなくとも、右翼的なところからアジア蔑視の論調が出ているから、アジア系や南米系の方々に向ける視点がこれと似ているのかな。


差別問題の解決を教育するには、芽生えてしまったそのような意識を、その後にどう解決するかが伴っていないければならないと思う。そもそも差別感情など芽生えさせないような、何となく慣れ馴染みで済ますような対応では、潜在的な問題を抑え込んでしまうだけで、大きく爆発する危険性を高めるだけのように思うから…。

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