アタリマエの程度

  • 2008/07/23(水) 12:32:27

老人は「自分が若かった頃は…と、
昨今の若者がその窮状を嘆く言葉を、
冷徹に却下する。

そこで思う。
我々は、あの過ちを再び繰り返さないように
と、頑張ってきたのではないのか?! …と。

その老人の「常識」を前提にすると、
この社会はどうせ同じ過ちを繰り返すのだ。
だから、そうなっても困らないように、
若者を教育すべきだ。
…そう言っているに等しい。
それも一理あるだろう。そう教えられ育てられて
きた者は、一人そんな窮状でも乗り切れるのだろう。
しかし…だ。

本当にそれで良いのか?!

さも当然そうに若者の嘆きを封殺する先生方に
そう問い返したい。


半世紀前の状況に比して、今、窮状を嘆いている若者など
“ぜんぜん甘ちゃん”だと言えるのかも知れない。
しかし、この状況を窮状だと考えるその思考は、同じく
半世紀前に必ず実現しようと、理想に掲げた状況を、
素直に信じ、それを前提にしている
からこそ、相対的に
現状が窮状にあると判断して(思って)いるのだろう。

この観点からも同じく、
若者の“甘ちゃん”を非難し続けることは、その前提を、
常識を、理想を、捨て去る事に等しい。そんなものは
幻想なのだと、幼稚な夢だと、社会の建前に過ぎなかった
のだと。
結果的にそういうことになってしまう。

現にそうなのだろう。だから、現状を嘆いているのは、
もはや若者とは言えない世代だけだろう。つまり、
一億総中流の「常識」の中で物心付き育ってきた世代。
今、正に若者と言える世代は、しっかり理解している。

平和で平等な社会を前提に考えるような奴は馬鹿だと。


社会や政府を信頼も期待もすることなく、目の前の上司の
顔色を窺うことに心血を注いでいる。

サービス残業も不満を口にしない。使い捨て労働も笑って
引き受ける。一言不満を口にすれば、日雇いは首を切られ、
正社員は出世の道が断たれるからか。自らも率先して
体制を擁護する。現状に不満を漏らす者を、老人と同じ
口調で非難する。自らの代弁者であるにも関わらず。

どうせ潰すにしても、「生贄」は上手に活かせば良いと
思うのに、無駄に潰して口封じして放逐してしまう。
もったいない。非難の矛先をそいつに集めつつ、その
言葉を吐き続けて戴くことで、自らには害も無く、
現状が改善される可能性が開けるかもしれない。
これも一つのメシア願望。「マスコミ」が「誰か」を
「祭り上げる」のも、また同じ願望が作り上げる現象。

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  • 2013/12/19(木) 13:51:28


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