「萌え」の流通する時代的価値観

  • 2007/11/16(金) 21:36:51

「萌え」の流通する時代的価値観


多様な意味の内包されたこの言葉を概観するのは面白い。

このように見ると、タカアンドトシの「欧米かっ!!
というギャグが流行し得たこととも無関係ではないように思われる。


問題を判り易くするために、参考としてこれと平行するように
「グラビア界の黒船」とも呼ばれ注目された「リア・ディゾン」と
双子でお馴染みの「マナ・カナ」を座標軸に配置してみた。

前者はその大人びた幼児性が受けていたのであろう。もはやその
需要を満たすべき価値を失っているようだ。
他にベッキー等を配置しても良いかもしれない。

反して、後者。彼女らはもはや一人前の成人であると同時に、
社会的責任をも果たし得ている存在である。にも関わらず、
相も変わらず彼女らへの趣向は「ロリコン」と呼称されるように
思われる。でも、それってどうでしょう?
ある意味でそれって「人種差別」なんじゃないの?!
十分に性的成熟をしている存在を、性的対象にする事を否定する
価値観とも言えるわけですから…。


そのような価値観の元では、特定の遺伝傾向を持った存在の
遺伝的傾向は淘汰されてしまうわけです。
そしてその特徴は、ある意味で日本人が長い年月を経て選択してきた
「日本人らしさ」とでも言うべき特徴であって、それが喪失の危機
にあるのだ…とも言えるわけです。

だからこの趣向が「プチ右翼」とも呼ばれた価値観の隆盛と
ほぼ平行して盛り上がってきた事とも、無関係ではない。
そう考えられなくもないわけです。




当然の事ながら、児童虐待など肯定する気は毛頭無い。
それらへの嫌悪の気持ちも正当であると共に、対策も必要であろう。

しかし、この問題を表面的に扱えば、再び、欧米に対して「幼い」と
特徴付けられる「日本人」の日本人らしい価値観を否定すると共に、
日本人のアイデンティティを貶めることにもなりかねないことに
注意して戴きたい…と思う。

現にこの半世紀行われてきた欧米礼賛が如何に民族の自尊心を挫き、
服従の動機付けになってきたか…を思わずにはいられない。
未だに使いもしない/使うあてもない英会話をステータスと信じ、
海外ブランド品を食住を切りつめてでも手に入れたいと願い、
日本人らしさを払拭しようと追い立てられているかのようだ。
日本らしからぬ身体的特徴を「格好好い」と洗脳された戦後世代に
対する洋画の影響力に恐れを感じる。

もちろん、率先して海外に進出し、能力を発揮するための手段として
外国語を習得し、駆使することを私も賞賛する。海外の商品とて
良い物は良いことを否定しない。外国人に惹かれる者を変だとは
思わないし、異常だとも考えない。それはそれだ。

ただ、必要以上に日本人の、“あるがままの個人”の、自尊心を挫き、
アイデンティティを否定し、劣等感を植え付け、コンプレックスを煽り、
美容整形か経済的な成功に向かうことでしか、幸せになれないかの如き
その「空気」を撒き散らすことを止めていただきたいと願う。


戦後占領下がどうだとか、押し付け憲法がどうだとか、そんなもの
一部の為政者にとってはどうだか知らぬが、圧倒的大多数の庶民、
国民にとって、その劣等感にさして影響など与えていまい。

自殺大国日夲…交通戦争とも呼ばれた交通事故死の何倍もの人間が、
死を選ばなければならないこととも、無関係ではないように思う。
うつ病が子どもにまで広がり続けることとも。



図には描かなかったけれど、アンチとしての「萌え」の中には、
「かわいい」とも評されるご老人も含まれているように思う。
し、アンチに賛同する側に立つ者も少なくないように考える。

それは、誰よりも速く「マッチョ」になることが成功を為すとでも
言うが如き欧米(アメリカ)的価値観が、若さ信仰に類似しており、
その価値観の曲解の上に、未熟で幼い者を趣向する価値観に
転向させる方便が内在している。アンチエイジング市場が活況な
ことを見ても判るように、そこには加齢否定がある。
それが本来の「アメリカらしさ」ではない事も言い添えておくが。

そこも含めて、「萌え」という言葉では形容し難いが、類義語
としての「かわいい」に関連して同じ勢力に含めたいと考えている。


ここの部分では矛盾した事を言っているように聞こえるかもしれないが、
この図全体で反時計回りの陰陽(タオ)の如き相反する流動を見立てて
理解いただけたら…と期待する。

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