日本人と血縁意識

  • 2007/11/12(月) 22:19:27

「赤ちゃんポスト」の是非をどう考えたらいいか?

そもそも日本人は血縁社会ではない。

血縁に拘るようになったのは、
明治以後の戸籍制度の導入等々によって、
「観念として刷り込まれている」
とそれのみを理由としているように考えているようだ。
宮台氏は。

日本人が古来、民族性に拘らない民族(?)だった
というものは私も了解する。しかし、その理由は異なる。

と言って、徴税の為に利便が良いから導入しただけだ‥って
政府の動機を否定したいわけではない。






そもそも、
日本がそのような文化となったのは、見た目の同族性が
村単位、国単位で絶対疑いを持つまでもないほど均質性が
保たれていたから。であろう。

そのような…というのは、日本人が血縁に拘らず
村全体で子どもを育ててきた。誰もが誰の子でも
子どもはかわいいと世話をしてきたって部分。


その均一性が幕末開国によって破られたからこそ、後の日本人は
血縁に拘らざるを得なくなるわけだ。…と私は考える。
例えば外見が似ていても、「実は違うんじゃないか?!」
という疑心暗鬼が、戸籍のようなものに“縋る”ように
なった。そう考える方が正しいように思う。

それは外圧のみならぬ、被差別部落問題という内からの
不安も綯い交ぜになったものとして…。



きちんと言えば、
日本人はその歴史から見ても、遺伝的に見ても混合民族
であるのだが、それが当たり前とは思えないほど、
日本民族単一民族説に説得力を感じてしまうのは、
遺伝的(血統ではない)に“外形の同化”を歩んできた
からだろう。


それは先に言ったように、「血縁に拘らない」文化のせい
…ってだけで、楽観的に言えないのは、
外見の異なる存在を、排除し、駆逐してきたからこそ、
同質性の人間のみ、同質性を獲得した遺伝子のみが、
適者生存してきた。…という側面も無視できないから。

天狗や河童のように形容された大陸系の外国人も、黒人すら
この国に来ていただろう。が、肌の色、鼻が低く、彫りの浅さを
混血によって手に入れれば、異人の血統であっても
除外されずに生存権を得てきた…といった移行を経て
今の、「日本民族単一説」的な信仰を持ち得るほどの
均質性を獲得したのだろう…と推察する。

同じく彫りの浅い日本人らしい顔と評されるものであっても、
私の目では、様々な人種の残滓が見受けられる。その目では
日本の地域性が世界の縮図のように見立てられないかと思って
いる。


宮台氏も言っている日本人は「事実性を尊重する文化」って
言葉の意味ってのは、そういうものなんじゃないの?
「だれがどう見ても日本人に見えるようになったら認める」
自らそう言っているのに。

また、日本人が美容整形をしたがる心理的理由も、
欧米人の自己表現とでも言うべきそれらとは大きく異なり、
同質性を指向しているのではないかとも思う。
この同質性を“偽造してでも”手に入れなければ
生きてゆけない「雰囲気」に縛られていると言えまいか?



ともかく、
幕藩の時代、日本人の意識は他藩を外国人の如くに認識して
いた…としても、開国で入ってくる異人らと比べれば、
同族と思えるほどの均質性が、何故か保たれていた。

…このように問えば、「血縁に拘らない」からこそ、
脱藩・出奔しても生きる場を得られ、「家」を護る為には、
養子縁組・拾い子も厭わない“いい加減さ”が有ったのだ。
と言いうるのだろう。氏も姓も混同しているくらいだし。
故に、血統が全国的に混合され、人種の坩堝とも呼びうる
「場」となっている。国土も言語にしても。

このようなものを総じて「それを文化のせい」って言葉で
形容すべきか/すべきでないか…私には判断付かない。

ハミルトンの法則を持ち出せば、解決しえる問題であるのかも
しれないけれども、それを算出するデータなど、未だ無いだろう。




尚かつ、この均質性の中で、その村単位の中で見れば、
その微細な違いを見出し差別し、村八分にし、よそ者を
嫌ってきているからなんとも面白い…と言うと不謹慎
なので言い換えると、なんともアンビバレントだ。

忌み子なる子殺しも間引きも遺伝的選択を加速するのだから
血統の(家の)他との同質性を手に入れるのも速い。けれども、
その早さは、更に拾い他の集団(他の村・他の藩国)との違いを
際立たせるはずなのに、そうはなっていない。

写真の無かった時代に何を基準にこの内向性が産まれていった
のかなんとも不思議だ。全国を駆けめぐる商人・芸人集団が
各地で一種の規範となりうるほどの影響力を発揮していた
のだろうか?
異民族の流入が絶対量として少ないから「日本民族に吸収された」と
形容できるのだろうか?



追記>
こう言っても、高確度で支持しているから
こうやって紹介するんですけれどもね。
8割方彼の言う内容は支持している。
自分が正論だと考えていることを、
ここまで断言してくれている人間はそういない。

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