祭り上げられる者

  • 2010/09/13(月) 12:59:11

ネットで炎上と称され、祭り上げられる様を見ていると、
なんとなく感じることがある。

よろこんで煽っている者達は、
相手の社会的ステータスがハッキリしていないと、
おそらく彼らは祭りを楽しめないのではなかろうか。…と。

もしくは、祭りには発展しない。…と。

狼狽えたり、激高したりする姿が想像できないと、
面白くない。リアリティを感じられない…というのが
その理由か。




祭りに群がる野次馬が楽しんでいるのは、討論の中身ではなく、
価値観の有利不利でもなく、結果クチにする勝ち負けの判定でもなく、
リアルな生活にどれだけダメージを負わせることができたか。
その多寡。惨めに落ち込む様を想像して、悦に入っているのだろう。



仮に、どうしても潰したい相手が匿名だったならば、
討論の内容ではなく、表にしている発言からでもなく、
黒い手法を使って個人情報を集め、それを晒すこと。
これに成功しなければ、おそらく祭りには発展しない。

もしくは、それさえ達成されたならば、祭りは「成功」。
大きく炎上することになるのだろう。





支援や否定の言葉で溢れるのも、舞台の上の登場人物の
社会的ステータスありき。キャラありき。

バカな高校生だとか、やりよるわこの中学生だとか、
やっぱ教師だねとか、これだから団塊は…とか、
このゆとりめ!だとか…。


キャラのイメージを書き換え合っている。

自分のイメージに関わる「守護神」を守る。敵対する「悪魔」を挫く。
多神教の宗教ファイト。


「形容詞」でイメージが接続されたならば、当事者個人の実態は
ある意味関係ない。自分を勝手に投影して、その自己弁護を、
他人に被せて叫んでいる。

続きを読む