女というトロフィーと恋愛市場

  • 2010/09/09(木) 19:54:51

昔は、社会的地位の有る者が、女を差配して、
褒美として、社会的貢献のできる男に与えられていた。

その名残としての、政略結婚や見合い。

それが、戦後の旧体制の否定…因習打破…という流れの中で、
「自由恋愛」が輸入された。


因習から抜けきっていない日本人は、恋愛というものを、
成功後に与えられる「トロフィー」という女を、
途中で掻っ攫う「裏技」のように受け止めた。
(愚図な主人公が「マドンナ」を射止める漫画の旺盛)


故に、恋愛が社会的成功に並ぶステータスとなり、
恋愛市場で売れ残る者を、社会的な落伍者と同一視する
視点も生まれた。


本来「自由恋愛」ってものは、年収だとか美醜だとかではなく、
遺伝的な相性…強い子が期待できるような…至極 本能的な
引かれ合いを指しているのだと、私は考えるのですが。






晩婚化・非婚化と言われているけど、結婚率の割合は、
戦前と比べて、ほとんど見合い結婚の分がそのまま欠損して
んですよね。戦前だって、今とさほど変わらない割合で
自由恋愛で結婚してたみたい(元データは失念)。



それとは別に、
日本人には恋愛体質に向かない本質もあるのかも知れません。
同時に、私は、日本人の職人気質にそれを見るのです。つまり、
見合い結婚とは、ある意味で、人為的な品種改良であって、
伝統的な職能を伸ばすため適正な相手をあてがわれてきた。
技能優先だから、血統にもこだわらず、養子相続も日本では
さほど抵抗なく行われてきた。
その結果としての今の日本人たれば、自由恋愛の能力が欠損
していても不思議ではない。そのような者ほど都合はよかった。



そして、
今の「恋愛至上主義」が危ういのは、その男が成長すべき
方向性を、経験豊かな大人ではなく、無知で未熟な小娘に
委ねられていること。