保険のある生き方

  • 2010/05/05(水) 22:16:36


保険がある奴は大成できない。
背水の陣で全力で打ち込む。
それが大成する道だ。


そんな話が処世術として語られてきた。

確かに、その世界での第一人者になるためには、
そのようなことも言えるであろう。
その範囲では正しいとも言えるだろう。


しかし、その職業で認められ、それなりに評価されつつ、
失敗を恐れずに改善提案し続けることのできる人材になれれば十分
であならば、保険がある立場の方が、むしろ大成できるのではなかろうか。



例えば「田舎に帰って親の後を継ぐ」なんてものも、
この仕事を首になったら、明日からは路頭に迷うかも知れない
なんて立場にある者ならば、上司の不正も明らかな失策も、
見て見ぬふりをして黙って飲み込んでいなければならないような
場面でも、そのような連中に比べて、踏み込んだ発言ができる
であろう。

もし、目を付けられ、干されたり、本当に解雇に至るなんて
行き過ぎもあるだろうが、きちんとした改善提案がなされ、
問題点をきちんと検証する素地があるならば、失敗を恐れずに
問題点を指摘できる人間、合理化を提案できる人間は、
それのできない人間に比べれば、確実に出世の道を歩くであろう
人間だと言えるだろう。そのような意味において、保険のある人間は、
その保険があるからこその成功だと言えるだろう。

例えば空中ブランコ。その練習をネットやマットの無い場所で、
いきなり成功できる者がいるならば、そんなものはムダであろう。
落ちる心配がないならば…落ちた者は敗者として捨ててしまい、
代りがいくらでも控えているならば…、新しいワザの練習だって、
ネットもマットも無しのまま続けることが合理的であろう。
そこでは、「落ちた時の事を考えている奴は上手くなるはずがない」
なんて言論もまかり通るであろう。

しかしながら、何度も落ちて、それでも諦めずに続けるという道
であっても、慣れてそれが当たり前になるほど何度も何度も練習を
続けた結果であれば、絶対落ちずに演技のできる人間にだって育ちうる。



そしてもし、
どのような改善提案も受け入れられない不合理なままの組織ならば、
そんな組織に居残っても輝かしい未来など無いであろう。

どちらであっても、
保険があってある程度の失敗を許容できる余地のある者の方が
それの無い者より出世できる可能性が社会的に成功できる可能性が
高いと言えよう。



と言いながらも、
大きな野望や野心に満ちた者でもない限り、それが組織を見限る
理由にはならない。もし、そのような未来のない組織になってしまった
としても、その瞬間に直ちに倒産するというわけでもない。
組織の資本を食いつぶすまでは、残るという選択肢もただちに
損だとは言えないし、逃げ切ることができる可能性もあるのだから。

故に、改善や発展の可能性が無いからそれに抗うことが正しいのだ
とは言えても、そう振る舞わないからといって、直ちにバカだ…とは
言えないのが難しいところだ。尊敬はできないとしても。