誰を救う行為なのか

  • 2010/03/10(水) 12:01:34

仏壇にお供えするお水や、線香も、
毎年のしめ縄のようなものも…、



“自分のため”でしかないことを、あえて
“先祖のため”だと規定しておくことによって、

他者に感謝できるタイプの人間の健康を増進し、

他人を無碍にするタイプの人間の健康を損なう。


そのような力学で社会を占めることができる。

それが、先祖の供養だと言われたり、仏の功徳だ、
神のご加護だ…と呼ばれかたは様々であっても、
それは指して重要ではない。


「科学的に正しい」という言葉も、人を動員する
原動力を持った言葉として、これに加えて良かろう。


もちろん本来の意味とは異なり、科学的に正しい
とは言いがたいものであったとしても。