河野・村山談話の扱われ方

  • 2010/02/28(日) 22:43:24

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河野・村山談話

彼の談話を普通に読む分には、
国家の指揮命令によって行われた
と言っているようには読めない。

軍の中に不心得者が一人も居なかったとは言えない
といった程度の
ところまでしか踏み込んでいないのではないか。

また、国民の行った犯罪は、国が謝罪するのは当然のことだろう。
国が国民の保護をする義務があるのと同様に。
証拠とされる唯一の物が、悪徳な民間人さらい業者を取り締まるよう
命じた文書だとしても、直ちに矛盾だとは言えまい。

仮にもし今後、日本人テロリストが生まれて、国際犯罪を起こしても、
国家の指揮命令がなかった
からと言って済まされる問題ではなかろう。

自称憂国の士は、そこのところをどう考えているのだろうか…。

逆に言えば、例えば日本人拉致のような事例でも、彼の国で国家の
指揮命令の証拠が出てこなければ、国として謝罪しなくても良い。
とでも言っているのだろうか?



かつて慰安所があり日本兵が利用し、半島に泣いている女性が居る。
それで謝罪するに十分ではないか? 強制連行同然に娘を売り払ったのが、
現日本人ではなく、半島人の所行であったとしても、当時彼の地は
まぎれもなく日本の管轄、日本の一部であった。

私は戦前戦後で行政の主体を切り離して考えるべきだという立場なので、
現日本国として謝罪する必要はないのではないかと思っている
が、
戦前の軍部を現在の日本と一体的に考えて免罪したい立場である
自称右翼の論理からは、そう理解すべきではないのか? スジ論として。


あえて嫌韓流に言えば「当時の半島人をきちんと管理監視できなかった
当時の日本政府の管理監督責任から、日本政府は謝罪しているのだ」
とでも言うのであれば、スジは通るのかもしれない。



また、外国人留学生を安い労働力として利用し使い捨てしている
今の日本の現状と照らせば、現場が勝手にやった事だと言って
免罪されることであろうか。政府の中には安い労働力として
移民をすべきだという者が現に居り、その目的の奇策として、
日本の技術や文化を教えるのだという綺麗な建前が準備された
のではないのか?
 との疑念は拭えない。ではないのならば、
何故「留学生はことごとく日本を嫌いになって出て行く」
言われているのだろう? そのような実態に対する反省もなく、
同じ口で「全くの事実無根だ」と言われても、はいそうですか
…などと簡単には言えない。




そして、この教訓をこう考えるべきであろう。

「無理無闇な領土拡大は、目先の利益以上に害と損失が大きいのだ」
と。
目先の人件費削減のために海外進出する多国籍企業に対しての忠告として。
それに頼ろうとしてきた旧政府(自民党or官僚組織)に対して。


「現地人の信頼を同時に獲得しながら行わなければ危険である」
と。

例えば今、不況の米国に雇用を生み出すのに協力していたとも思える
トヨタですら、あのようにバッシングの対象になっている。
リコールの原因は日本の方式に従わない現地人の所行であったとしても、
黄禍論の根拠にされてしまう。


故に、人間を使い捨ての道具のように扱う者が支配者である内は、
その制度が残されている内は、謝罪の言葉を取り下げるような弁護を
下手にすべきではないように私は思う。


1970年代までの日本はそうではなかったと思う。しかし、
バブルで自惚れた日本は途上国に対して傲慢になった。

戦前の日本もそうであったろう。日清日露戦争までは、確かに
立派であったのだろう。しかし、その後、奢った日本人は、
徒に世界の憎悪を買った。

「対等」を「同等」と読み替えて対米追従を外れる危機を煽る連中と、
それに反発し また乗せられて、あたかも自らも「同等」であると
錯覚する連中が騒ぎ立てる昨今の世情も、これに重なる。

「売国」の二面性

  • 2010/02/27(土) 22:30:09

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ここで上げられている売国は、大きく分けて二つに分類されよう。

慰安婦・靖国関連で中国に阿って自虐史観を国際世界に吹聴した連中
と、
小泉竹中改革でアメリカが食べやすいように調理して差し出した連中
とだ。

そこで私が注目したいのは、中曽根康弘だ。

そこで彼は前者としてのみ言及されているに過ぎないが、
私の見立てでは、小泉改革はセカンドインパクトであって、
ファーストインパクトは中曽根時代である。



ちなみに、前者に関して言えば私は、潔癖症な自称右翼連中が、
彼らの発言に対する反発心から、その悪辣さを強調せんと謀った結果、
彼らが言った以上の売国的意味合いが付与されてしまった
と考えている。

故に、彼らをその件で断罪する資格があるのか? と問い返したい。


それとは離れて、自衛隊アレルギーによる国民見殺しの村山富市には
彼の談話とは別の罪はあり、断罪されてしかるべきかとは思う。


小沢一郎は上記の二つに含まれないし、彼は常にそれらが行われた時に
政権の対極に居たのではなかろうか。彼になんら罪が無いとは思わない
が、ここで指摘されている事のいくらかは、どうにも的外れに思えて
仕方がない。

第三主義

  • 2010/02/26(金) 22:52:20

いわゆる共産国・社会主義国が失敗したのは、そのイデオロギーによって
ではない(と思う)。


地位と収入を比例させた事による
のではないか。
喜び生き甲斐を最も得られる指導者が、
封建主義時代と同じ形で支配者となったから、
同じ末路をたどったのだろう。

これは日本の今の閉塞状況と同じ。
「賢く」「堅実に」金を使わずに節制し続けた老人が、権力者が、
その金を使わずに死蔵し続けているから経済が回らなくなる。
ある意味、無駄遣いし続けるバカにカネを流さなければ、市場は
豊にはならない。



そこで思う。優秀・有能であるかどうかは別にして、
社会的に必要不可欠である業種に人材が不足したならば、
税金投入してでも人が集まるほどに給与を上げるべきであろう。

特定業種に人材が集まりすぎれば、そこから適正な数まで
離散を始めるほど課税して収入を制限すべきだ。


そのような形によって、健全な国体は維持されるであろう。


ある意味、3Kと言われた業種ほど高収入になるだろう。
そして、高度成長期は今よりその傾向は高かったのではあるまいか。

ただし、発明・発見による社会的貢献に対する報酬は、その限りでは
ない。それとは別だ。


そして、政治家なり経営者なりは、自己実現の遂行という喜びの
報酬を得ているのだから、その上に金銭報酬という二重取りをする
べきではないのではあるまいか。

逆に3Kと呼ばれる業種の人たちに、強制労働同然の屈辱と同時に、
低収入という報復を与えるような、そんな二重苦を与え続けることは、
社会正義に反するのではないのか。