彼岸の実在する社会では

  • 2009/09/19(土) 12:52:27

英国などの中世。王と民衆が旧宗教の元で統治している間、
ともかく祭司の地位を確保した大陸から派遣されてくる
新教キリスト教司祭。

彼の現地で負った役割は、何れ本国へ帰ることを見越して、
現地のモック・キングの役割を、大衆の前で演じてみせる
ことによって、共存関係にあったのではなかろうか。いや、
大衆を欺き統治する共犯関係にあると言えなくもない。

手品的トリックを使って…火刑のような派手なショーで…、
大衆の前で死んでみせていたのではなかろうか。


司祭は現地で形式上死ぬことによって故郷へ帰ることが出来るし、
それまでの人気の間、王に代わる統治を行うことも出来る。
一石二鳥であるのみならず、王家も統治のために一族を
あえて死なせる必要もない。Win-Winの共存関係ともなっている。
二度と目の前に現れないという意味において、生物学的な
死ではなくとも、社会的には間違いなく死んでいるし、
それを疑わせる存在も「この世」には確かにはもはや居ない。




これと似たような関係に、日本の封建時代も…この言葉を
私は日本神話に語られる皇族の天下りを含め想定している…
あったのではなかろうか。と考えている。その名残としての、
日本の彼岸観であり、盆の風習を見立ててみる。

神や死者の霊は「帰って行く」。此処とは別の何処かに
生きて(存在して)いるとしている。それが仏教の来世観
とともに、中央政府の親族が、統治のために派遣されてくる
ことと意味の上で集合する。そこから帰り、また新しく
派遣されてくる方を導くための送火・灯火。また、現地で
死んだとして帰り、二度と戻ってこない彼らの「郷里」は、
地に縛られた農民らにとっての正に極楽浄土であり、
二度と戻ることが無くとも、死ぬ前に一度は行ってみたい
場所(メッカ)として、死んだことにして身の回りを整理して
旅立つことを望むような場所として、「死出の旅」へと
旅だった者も居たろう。また、病や老衰で正に死なんとする
者が、最後の未練として彼岸への旅立ちを望み、それを
見守る者達が、儀式的に、バーチャル的に、死出の旅を
演出脚色して、死の看取りと旅の見送りとを重ね合わせて
考える考え方が、集合し、根深く定着していったので
あろうと考えてみる。

教会権力と基盤

  • 2009/09/14(月) 17:48:07

教会の不正と戦う武器は、
教会が聖書を独占し隠匿している間は、
旧宗教が説き、大衆で共有されていた
道徳的価値観しか手段がなかった。

印刷技術が発達し、聖書の中身が大衆の知るところとなり、
同じく、プロテスタントの神と信徒との一対一の関係が
認められる用になってゆくなかで、ようやく初めて、

教会の不正を不正だと追及することのできる武器を
大衆が手に入れることとなった。といったところか。


それまでは、大衆の側からどんな正義を説いても、
聖書の言葉と神の声を独占する教会の騙る屁理屈と
強弁とによって、どのような者たちも、悪魔の手先と
されてしまう。

教育環境70年

  • 2009/09/10(木) 17:42:12

顔を見たら才能が判る。
(血統主義。お家主義。英才教育も含む)

 ↓

才能は見てくれではない。
(優秀な奴“も”中には居る)

 ↓

誰でも、教育次第で優秀になれる。
(平等主義。幼児万能論…子供は神様)

 ↓

どうせ誰でもいいのなら、顔の良い奴に投資しよう。
(青田買い。教養より部活経験。合理主義)

 ↓

一部の才色兼備の秀才と、多くの馬鹿で無能な衆愚。

 ↓

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