カツレツキッカ

  • 2009/07/08(水) 17:21:01

戦場に子どもを描くこと。

世代間の継承を描くことは、
子どもを排除した「社会」にあって、その構造的な問題と、
必然的な没落を回避する手段の提示でもある。
また、その存在は、時に兵士の心の救いにもなるだろう。

永続的に続く社会の構築には子どもの存在は欠かせない。
社会の仕組みとして組み込まれていなければならない。
それを欠いたからこそ、今の日本の少子化である。


しかし、考え方を変えれば、それは戦士の英才教育
でもあるのだ


思えば、内戦状態が恒常化しているような紛争地では、
等しく少年兵の存在が指摘されているのではなかろうか。



親の家業を間近で見て、世襲して行く。それは良い。
技能継承。文化伝承。どれも安定した社会の継続に
欠かせない要素だ。



社会の一大事(戦後やバブル崩壊など)だから、
子どものことなど構っていられない。

それは、経済危機だからリストラで済ますのと
同じで、短期的に業績回復が見込めても、
長期的視点で見れば、大きな禍根を残す。

その結果として日本社会は、少子化と高齢化社会を
抱えてしまった。この社会問題を解決するには、
たかが数年のスパンで何とかなるものではない。
何十年という継続的な取り組みが必要なほど
大きな問題を生み出した原因となっているのだ。



ここにジレンマがあるのがお判りだろうか。


間に紛争地の事例を持ち出したが、


少子化だから…と、生活困窮状態にある共稼ぎ家庭に
無理にでも子どもを儲けろと社会がプレッシャーを与える
ことは、高度経済成長の末に、今考える理想的な状況としての
団欒家族などとはかけ離れた家族崩壊状態を「あたりまえ」
のこととして問題とも思わない子どもが育つことになる。

紛争地の子どもが銃をとるように。
銃を持って殺し合うことがあたりまえの子どもが、
紛争地で育つように。



その目指すべき目標が目標足ることすらなくなる状況
まで落ちてしまえば、
例えば今困難な課題として考えられている少子高齢化社会
などと言うものも、なにが問題なのかすら理解できない。
問題と思わないから問題ではないのだ…という
今の時点で考えれば禅問答のような流れによって、
消えてしまっているかもしれない。