成功のために求められる「個性」

  • 2009/07/03(金) 17:24:18

いまさら言うべきことでもないけれど

みんな「個性」ってものを勘違いしていないか?

個性は、
「それによって評価されるもの」ではない。

個性とは、
評価された人間が、「結果的に承認されるもの」だ。


そもそも、個性とは「身につけるもの」ではない。




もちろん「個性によって評価されるもの」も無くはない。
モノマネ芸人が、たまたま有名人に似ているのは、
それは個性だ。個性によって仕事がとれる事例だ。
それは、もし、自らの個性を「否定」して「美容整形」でも
してしまっていたら、決して得られなかった類の成功だろう。

敗戦後の欧米化の流れにあって、欧米人っぽい雰囲気を
持った俳優が、「個性的」だとして人気を博したのも、
その者の「個性によって」ではあろう。個性を原因とした
成功の事例として上げられようが、そいうことでしかない。





そもそも個性神話には、成功の原因と結果の混同がある。


成功者には運もあろうが、仮にそれが必然であったのなら、


そこには、それを必然とする合理的理由が見出せるはずだ。
陰の努力だとか、人脈だとか、発明・発見だとか。

しかし、そのような決定的な原因は しばし見えにくく、
隠されるものであるし、効果的な時期というものもある。
真似しようとしてもできない。しかし、その成功に肖りたい。

そのような大衆の心理が、他とは違うその成功者の特徴、
個性を、成功の象徴として特徴化し、模倣する。


その流れの中で、その個性が、あたかも成功の秘訣で
あるかのように
流布されていってしまう。
それは、そのことに無自覚な模倣期の子どもの中で、
分別不能な印象として一体化して根付いてしまう。

その「個性」によって成功したのだ と。





しかし、一般的に、個性とは、違いであるので、
社会的には、成功の邪魔にしかならない。

違和感は排除に繋がるだけだし、
成功に不可欠な人脈の形成を阻害する(同類選択性)。

成功するためには、個性の正反対。共通性をこそ、
磨かなければならないはずだ。それが、盛んに
言われるコミュニケーションスキルや「空気読め」
という言葉に表れている。

ただ、個性の自己否定は、意志を揺るがすので、
すべきことではなく、持ち続けることが、成功の
秘訣だとも言える。しかしそれは内心のことだ。
看板として対外的に掲げることではない。

鉄の意志とでも呼ばれるものには、意志のみならず、
自らの個性に対する絶対の信頼と不可分な関係に
それは あるはずだ。




自分の外にいくら個性を探していても、真の意味での
個性などを見つけられるはずもなく、それによって
手に入れた「個性」では、心が満足することはない
だろう。

かといって、それで成功しないという訳でもないが。