自分の言葉…誰の言葉?

  • 2009/05/29(金) 12:20:53

自分の言葉で語ることが推奨される中で、

他人の言葉を受け売りすることが蔑視される

その先に、

先達に敬意を表して引用するような文章は、
読む価値のないものとして読み飛ばされることになる。


そうなれば、

そこは、我田引水的な、主観的・体験的な言説でしか、
情報交換のできない空間となってしまう。


それは、他人の立場に立ってものを考える事ができない。
ということでもある。


ちなみに、他人の立場、他人の視点からものを見ることと、
他人の立場に自分を当てはめて、行動を強制することは、
全く異なるが、後者にあっては当人にその自覚は全く無い。


昨今の「空気の支配する空間」も、
若者のみならずが、スピリチュアルに埋没してしまうのも、

元を正せば、心より表現形式が優先される価値観の中に
立っているからであろう。


表現形式など確率論的に多様性に限界があるにもかかわらず、
過去に使われたことのない表現を用いなければ、本心とは
認めない
…と、行動が制約されているのだ。

解放されることのできない心は、非言語的なものによって、
…言い換えると言語的に未熟ともいえる段階でしか…、
癒される事はない。スピリチュアルに埋没せざるをえないのも
この条件の中では必然的な帰結である。