神の見えざる手の届く範囲

  • 2009/01/13(火) 12:54:34

アダム・スミスはその著書で
「神の見えざる手」の働く条件を示してる
ようだ。


それは、社会を牽引するのが、
単に傲慢で強欲なだけの領主であっても、
その基盤が農民から召し上げる農作物その他
のものであるならば…という限定だ。

食料や生活必需品のようなものを領主一人で
消費できるはずが無く、領主が華美な生活を
望めば望むほど、それらは領主の手を離れ、
領民の間を巡ることになる。
ということだ。


今、「神の見えざる手」が働かないのは、
傲慢で強欲な者が集めるモノが、増産を目指す者が、
生活必需品のような物質を元にしていないからだ。
目的が金銭…で終わっているから、集められたものは
社会を巡らずに死蔵される。お金は腐らないからだ。

尚かつ、食料品を燃料に変えて消費をも始めた。

生活必需品の絶対量すら減ってきている。
これでは、強欲な者が華美を求めるほど、
貧困者が増えることになる。


そこで社会を支えるのは、もはや正義などではなく、
慈恵のみである。しかし、
社会がどんなに慈恵に満ちていても、それのみでは
社会が成立しないこ
とは、スミスも言及している。

誤解

  • 2009/01/13(火) 12:23:05

誤解には良い誤解と悪い誤解がある。

悪い誤解とは、その誤解によって恨みや
憎悪を募らせるもの。根拠の無い確信によって
他人を恨んだり、差別偏見を強化していったり。

良い誤解とは、そうではなくて、根拠など無くとも
一方的に信頼していたり、勝手に期待を募らせたり、
尊敬したりといったポジティブな気分にさせる誤解。

しかし、誤解は誤解。良い誤解だとはいっても、
それは喩えるならば、借金のようなもの。
その負債は後で纏めて精算しなければならなくなる。
そして、それは先延ばしにすればするほど、
幻想というバブルの崩壊はきつく凄惨なものになる。

良い悪いと表現したのだけれども、結果的に見れば、
どちらが本当に良いのかは、判らない。