「失敗」って言うな

  • 2009/01/11(日) 12:49:04

年越し派遣村に代表されたような昨今の雇用問題を、
「小泉竹中路線の失敗である」というように言われも
する。が、そうではないだろう。

彼らの目指した国家の形とは、もとよりこういったもの
であり、彼らの「改革」が大成功した当然の帰結。
」としての現状である。と言うべきだ。

その非道を、腹黒い意図を、「失敗」というような…また、
アメリカ初の経済危機の結果である天災のようなものである
…と言うような、善意者の不作為のように言って、その罪を
免罪すべきではない。

そのような理屈を臆面もなく語れるのは、想像力の欠落
した愚か者であるか、よほどの面の皮が厚いかだ。




この地震大国、自然災害大国である日本にあって、
天災は想定しておかねばならない必須課題だ。

どんなに大きな災害が起こっても、その災害が防げなく
ても、
素早く現状復帰するための、被害者と損害を
最小限に抑えるための仕組みを作っておく必要が
欠かせずにある。…にもかかわらず、そのような思考が
根底に無い。

そうであるということは、例えば大陸弾道弾迎撃ミサイル
なんてものに莫大な投資をしている事からもよく判る。
被害は出てしまうものではなく、防がなければならないもの、
防げるものであると考えているからこそ、あんな事ができるの
だろう。

しかし、いくら金を突っ込んだって、自ずと限界があり、
「災害」が起きれば、打ち落とせなかったものによって
被害は出るのだ。


そうであるならば、その資金を緊急避難や現状復帰の
ための積み立てや、復興体制の確立に費やすべきであろう。
それは雇用をも生み出す。

政府の姿勢は、まるで…言うならば、
「そもそも火事さえ起きなければ、消防署は不要だ」
大きな人件費削減になる
…と言ってしまうのに似ている。
それは、一般公務員のみならず警官にも自衛官にも言える。
人間を国民を無駄なお荷物としか考えない前提から雇用が
生まれるはずがない。バブル後20年の現状が正に
それを物語っている。

神の前に無力な人間によって、被害をゼロにする事はできい。
犯罪を完全には無くすことができないことも同じ。


天災の無い石作りの家の文化である西欧の前提の上にしか
成立しない正論を、正論であっても受け入れるかどうかは、
よくよく考えなければなるまい。