橋下知事、教育に関する発言

  • 2008/10/27(月) 17:36:35

彼の感情的な暴言や放言。それらは、
バラエティのウケ狙いのような「計算」によって
行っているのかも知れないが、

彼のような、目的のためには手段を選ばなくていい
かのような口汚い物言いは、子どもに与える教育的効果は、
破滅的にも思える。

権力は公開でイジメを執行できる特権であるかのように
なってゆきそうだ。
子供心に彼を尊敬するような輩から、2.26将校的な
エリート主義的破滅行動に出る者がでてくるだろう。



彼は、子供には、誰でも夢の見られるような教育が大事…
だとか宣うが、あの権力者の立場からの発言の影響によって、
成績の良い者には、成績の悪い者を、平然と侮蔑し、差別し、
イジメてもかまわないのだ…というような風潮を醸成しそうだ。

そんな殺伐とした中では、仮に例え成績が上がっても、
今の「成績が悪くとも吉本がある」…というような、
暖かい寛容の風土は失われ、浪速金融道的な険悪さしか
残らなくなっては、ますます夢を持てる子供は失われる
ことだろう。

今でも、関西では、商店主がロケット打ち上げだ〜とか、
あほみたいなチャレンジ精神を発揮する土壌はある。

あれは、失敗してもなんとかなる〜というような、惨めでは
あっても、最低限度は誰彼支え合っている信頼感の土壌の上で、
成り立っているのではないか…と、恥ずかしい立場からでも、
夢さえあれば、どんな立場にあってもチャンスを拒絶しない
やり直しの効く、認める、風土が残されている。そう私には思える。
逆に言えば、夢を持つことは何時からでも遅くはない。
目的を持てばどこからでもチャレンジできる。と感じている
からではなかろうか。

「吉本行け」という言葉には、そのような「なんとかしたる」
というような風土の裏付けを感じさせる。それは東京での
「とっとと田舎へ帰れ」「首括って勝手に死ね」というような
突き放した態度とは正反対のものだ。



夢なんか別に子供の頃から持たなければならない「ねばならない」もの
でもあるまい。むしろ、そのような考えによって、子供のうちに
夢の持てない人間は、その一生涯が無駄でダメで生きる価値がない
かのような、そんな価値観の裏返しでもあることに気づかないのか?
そこに「再チャレンジ」の意識が生じようハズもなく、そこには、
エリート主義的・官僚主義的・ピラミッド的なヒエラルヒーによる、
勝ち続ける者だけの社会しか見えない。一度負けたら永遠の終わりだ
との意識しか残るまい。


そして東京で夢を掴む者の多いことは、今の首都東京の絶対的特権…、
経済集中の拠点であるからだけのことであって、それと同じような理屈で
夢を持てるようにするには、子供の教育も何もほとんど関係なく、ただ
経済規模で東京を追い越すしかあるまい。
そしてそれには、政治的な権力構造を変える以外に方法が有ろうか?
個々人の完結した努力などでどうこうできるレベルを遙かに越えている。



まぁ、未だ三十代の若造に変えられてしまうほど、ヤワな文化だ
とも考えられないけれども、少なからぬ禍根を残しそうだ。

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神の万能性

  • 2008/10/11(土) 23:35:01

私は科学と宗教が対立すると考えていない。

科学を宗教の敵だと思っている人に問いたい。
「本当に神の万能性を信じているのですか?」と。

神の万能性の前に、科学と宗教は矛盾しないはずだ。
神の万能性の故に、科学的な帰結が導かれるのだとすれば。


「神」の存在を、万能性を信じているのはどちらだろう…。

なんでも実践型と知識偏重型

  • 2008/10/10(金) 19:23:05

なんでも実践型と知識偏重型


Aタイプの人間に対して、おそらく知らないだろうことを、
教えることは、有意義なことであろう。

自分ではできると思っていなかったことなので、
正確に、客観的には、もともとできたことをした
だけであっても、当人としてみれば、知ったこと
分かったこと、教えられたこと、これこそが切欠と
なって、原因として、新しいことができるように
なったと、主観的に当人において理解される。

しかし、知らなければ、未来永劫できなかった、
しようとすらしなかったことかもしれない。
知らせてもらったことが、特別であり、感謝に価する
ものであると言うことに対し、誤りだとも言い切れない。
本来できることを、することなく死んでしまうような者も
少なくはないのだから…。

cf.業火に飛び込んで火災現場から逃げることが
物理的に可能でも、怖くて、躊躇っている間に、
一酸化炭素中毒などで先にその能力を奪われて、
焼け死んでしまう…とか。




Bの場合。すでに知っているので、Aとは異なり、
知らせることが、できるようにさせる手段とはならない。

できることを繰り返し、積み重ねた体験の中で、
潜在的にできることを広げて行くことによってしか、
彼を導くことはできない。

いくら説教をくれても、叱咤激励しても、
お立て上げても、すでにやってみて失敗している
場合も多く、言われれば言われるほど、それの
できない人間であると思いしるばかり…ただただ
惨めになるだけ。


Aタイプの人間は、「できないこと=知らないこと」と
自分の体験から当たり前のように考えているから、
Bタイプの人間を、何の罪悪感も無く、善意によって
ひたすら追いつめて行く。