真実と予想と

  • 2008/09/18(木) 22:43:39

判って欲しいのは、
確度の高い予測信じたい事実(真実)は、
異なるものである…ということ。


多くの者は、たいてい
信じたい事実は確度の高い予測に等しく…いや、
信じたい事実のみである。


「真実はいつも一つ」であることが究極的には世の理であることから、
故に、他の可能性を同時に考えていることが、どこか思考の無駄
であるかのように、扱われている。


また信じていない事は、、そうでない未来を引き寄せる
というような言霊信者のような者も多い。



しかし、私はそうではない。

信じたい…そして信じている現実が、希少確率に考えられる
としても、それによって信念は簡単には揺るがない。
明らかになっている情報から総合的に判断して、仮に
「おそらく〜だろう」と信念に反することを真剣に語った
としても、同時に、そうではない数多の可能性に頭を
巡らせている。

こうであったら良いなという願望が揺らいだりしない。
確実でなくとも、実現性が低くても、理想は理想…では
ないのでしょうか?



そして、確度が低くても、信じ続けているからこそ、
それが正しかった時、その“まれさ”によって、
その事実を、奇跡のように受け止めることができる
のだし、それを奇跡として感謝することもできるのだと思う。



日々、社会に天に感謝を捧げていても、
どんなに感謝を口癖にしていても、

信じたいことしか想定しないような考え方の世界認識や…(備1)
思考パターンを持っていては、本当にこの世界に奇跡に、
心の底から感謝できるのだろうか?!


はなはだ疑問である。


日々、しあわせや、根拠の無い自尊心を掲げている
昨今の雰囲気を見て思う。


だからこそ、あなたの人生に潤いが無いのだと。
その「幸せのため」と思い込んでいる処世術のためにこそ、
「幸せ」が実感できないのではなかろうか…と。

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