国際化の中の格差論

  • 2008/09/12(金) 12:26:11

今必要なのは、
「士農工商」と言う…屁理屈であっても
それを価値とするような…
意識である。
と、私は考える。「士」は読み替える必要があっても。

海外の後進国を差別的に扱うことを改める中で、
必然的に現れる日本人の賃金高は、やはり是正し
なければならない。問題なのはそのやり方なのだ。

弱者を弱いからと、そこにつけ込んで
力でねじ伏せるような二極構造を進める形で、
全体としての平均賃金を下げるようなやり方では
国がその体を失うことになる。


強い者が事実上の身分となり、相対的に貴族化して
行くだけだ。しかし絶対化した貴族的構造は、
社会にとって贅肉でしかなくなってゆく。


実際に生産に従事している者を尊重し、評価し、育成して
ゆかなければ、結果として、そのように地位を得た者達も
結果的にはその基盤を失うことになるだろうに…。


不況にあって、また、経営の失敗によって、単に
従業員を切り捨てることで穴埋めして済ませているようでは
社会は荒廃して行くばかりだ。まず経営に携わる者の
給与カット。平社員並に落とす。それから従業員の減給。
リストラなんかはその後だろう。給与カットに耐えられなければ
その者は自発的に辞めて行くのだし、残るのは愛社精神の
高い者ばかりとなる。その方が経営のトップダウンは
揺らぎなく行き通るだろうし、怨嗟無き人員調整にもなるのに…。

そのように考えている経営者や労働者も少なからず居るだろうが、
国の法理…制度的に、それを行うことが難しい構造になっている。
したくてもできないことも多々あるのだろう。
であるからこそ、国の問題が大きいと言えるのだが…。