応答

  • 2008/07/12(土) 23:23:48

疑問が返っているようなので幾つかに返答をお返しておきます。
Studio RAIN's diary ちょっと補足

まず。

その程度のことにぼくが気づいてないと思われたとすれば少々不本意であります。

う〜ん…。
そのような此方の悪意に似た解釈というか、相手を掌握者のような前提での応答は、些か慇懃無礼なのではないでしょうか…。此方が全部承知の上でのあえてする無礼な人間みたいに映っちゃう。

むしろ、先方が“その程度のこと”の区別が付かない文章なので、“いちおう”補足しておきますが…といった心情に基づき文章を返していただいた方が、此方としてはむしろ救われます。いや、変に謙らない訳だからお互いに…かも?

このインターネット時代、まして匿名相手(当方)なのだから、ある程度見下した対応をしてしまっ方が、むしろ親切で優しい応答のようにも考えられます。対等若しくは目上の相手には不躾ではあるのだろうけれどもね。もちろん私見ですよ。


たぶん読んでいないのではないかと思います。

これは、その通りであります。
先の文章は、その評価の有り様についてのコメントであって、
本の著者については直接には評価していないつもりです。
ブログ筆者の要約に対して、私の時代認識を並べているに
すぎません。

だから

というのも、斉藤氏はあの本の中で、プロの文章技術そのものを批判しているわけでは必ずしもありません。氏が批判しているのは、むしろ、文章読本の著者がプロとアマを分けてヒエラルキーを作るという姿勢そのものなのです

この辺り(前半部分)は…当事者にしてみれば重要だとしても、此方としては…どちらでも良い前提でモノを書いています。

ただ、強調しているように、そこで引用されていた表現を「はあ? って感じである。 」と抵抗感無く表現できてしまう部分に注目しているのであって、補足は有り難いですが、此方として認識の誤りにさほど重要性は感じられません…です。

あえて言えば、「むしろ…」以下の部分は、私の認識と異なりません。その同じ前提で「その条件付きで、その主張は正しい。」と書いたつもりです。もちろん憶測ですのでその逆も有り得なく無いという思いも無くはなかったので、結果論的になります〜が、やはり、それがどちらであっても…当方の主張にはさほど影響は無いです。

というように、時代状況に相対的な批判をしているつもりは、本人的にはありません。

として引用された当方の文章は、その様な批判を指摘している文章ではなく、当にその自覚が無い…「〜つもりは、本人的にはありません。」…であろう内面への指摘であったので、先方は弁解のつもりなのでしょうが…なんともかんとも…意図せずに此方の指摘が肯定されていて、何とも愉快です。

「幼少の持論」と書いた表現にステレオタイプ的に飛びついちゃったから、そのような解釈になっちゃったのかな? だから「もっとも、ぼく自身若い頃…かぶれて、そこから…」という弁明が出てきているんですよね。「青年期に確信した社会問題」それは「ポストモダン」である…と。その辺りは、当方あまり限定してません。


ともかく、このような勘違いの応酬の中で、伝えたいことがクリアに磨かれて行くのでしょうから、有り難いことではあります。当方の憶測も、幾つかが補足されました。ありがとうございました。


ちなみに…
技能と権威

続きを読む