帰る場所は無くすべきなのか?

  • 2008/07/01(火) 12:18:34

昔の人は家庭を顧みずに社会に出たものだ
…そう、大人は言う。

戦後の混乱時期のやむを得無さは別としても、
金の卵世代〜団塊世代では、すでにそれらを
家庭的に受け容れる社会の側があった。

彼らは「帰る場所など無い」と言い聞かせて、
企業に会社に献身し、没頭したし没頭できた。

いくら自らの努力の賜物だと自惚れていても、
それも、若者の暴走を抑制する大人の見守る
視線の中での事だ。そのようなもの、全てが
「自己責任」である現在にはほとんど存在しない。

団塊〜新人類前期までの頃には作家や芸能界を目指し、
「帰る場所など無い」と自らを追い込み叫んでいた
者も現に居ただろう。
そのような事実性を否定するつもりはない。


彼らは「帰る場所が無い」と言っていたかもしれない。
しかし、彼らには明確なイメージを伴って、
「帰る場所」が「郷里」があった。堅実に「仕送り」を
「盆暮れの里帰り」をしてきた世代でもある。
実際、結果として、生涯帰る事ができなかったとしても。

彼らが「帰る場所が無い」と言っていたその言葉は、
実際には「帰る場所」があったことの裏返しであろう。

「どうせ帰れる」という「甘え」を抑え込むための
方便としてのソレであったのだろう。

だからこそ、その70〜80年代において
ドラマの中の「壮年」は、このように描かれる。

「オレ…オヤジの後を、継ぐことにしたよ…」


そのように牧歌的な表現が多用されたのも、
そのようなセーフティネットとしての「郷里」が
「田舎」の存在が、むしろ逆に、没入的な「挑戦」を、
その時代の若者にさせることができた背景だったの
ではなかろうか。

そして、その「田舎」の肩代わりを、現場で実質的に
担いもした年功序列的企業風土とに挟み込まれる
構造の中で。





今の若者(と言っても、二十代後半から三十代)は、
「帰る場所が無い」なんて言葉を言いやしないだろうし、
思い浮かびもしないだろう。
当然、この言葉に特別な感慨を懐くこともないだろう。

そのようにイメージできる「郷土」などが、そもそも無い
からだ。


もし、あるとすれば、「何時か何処かに帰りたい」
というような、漠然としたシオニズム的な感慨だけ
だろう。

それは、団地世代の均質的な生育環境に端を発している
のだろうけれども、もはや、これは比較的田舎の出身者
であっても、実感されるものになっているように思える。



今、景気回復の方便としての新規採用、恩恵を得られた
世代辺りからは、地元に執着する若者が出始めている
ことは、悪くない傾向だろうと思う。

しかし、今のような雇用状況を、経済構造を放置して
いたら…これ以上拡大させずとも…何れ、確実に、
その下の世代が若者として社会に出てくる頃には、

指摘した団塊世代と同じように、「帰る場所など無い」と
自分に言い聞かせなければ、職を得ることのできない
状況に、再び逆戻りしているかも知れない。


いや…、既に、故郷を捨てなければならないように
若者の心は追い込まれているのかも知れない。
雇用現場の「差別」が このように喧伝されている中で、
差別的待遇を怖れているが故の、正社員希望者の
増大であるのだろうから…。

このような状況にあっては、どんなに政治が立前として
「ナショナリズムではないパトリオティズムだ」として
「郷土愛」を称揚していても、称揚すればするほど、
「郷土」か「就業」かの二者択一を迫られ、心を引き裂かれる
ことになるだろう。

若い内から地元で働くことを夢見ることも出来ず、
仮に夢見て実現のために御近所での就労体験や
社会に出るための心理的準備の尽くが、現実の就労の、
雇用の妨げにしかならない状況になっているかも知れない。



ちなみに、このようなサイクルは日本にとって決して
初めてのことではないはずだ。

明治維新以降、国民の自由として身分制度を捨て、
国土の何処に住んでも良いという自由と平等の
近代化の中でも、旧来の脱藩の犯罪性から
故郷を捨てなければ、ある意味大成し得なかった構造を、
戦後の高度経済成長が、知ってか知らずか同じように
繰り返してきたのだ…とも見立てられる。

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