観行

  • 2008/05/03(土) 20:40:18

韓非子
「鏡には疵を見わすの罪無く、道には過ちを明らかにするの怨み無し」



私の言葉で言い換えると、

目覚まし時計が予定の時間を知らせたからと言って、
目上の者が目下の者へと教えを説いている訳ではない。


目覚まし時計とは、子どもの比喩です。

子どもは大人から教えられた価値観をそのまま
大人へとそのまま返しているだけであって、
子どもの生意気な指摘は、子どもが偉いことでも
その優越性を主張している訳ではない。それは、
目覚まし時計は設定した時間を知らせるだけ
でしかないように。

「目は鏡を失えば、則ち以て鬚眉を正すこと無く、
 身は道を失えば、則ち以て迷惑を知ること無し」


怒りにまかせて目覚まし時計を破壊すれば、
損失を受けるのは当の本人である。
新たに買いなおさなければ、翌日の起床の妨げとなる。

比喩に戻って、

自分に説教してくる子どもを快く思わなければ、
それによって、子どもの主張を挫いてゆけば、

子どもは正論を信じなくなる。

その子が大人になれば風紀が乱れる。

大人が子どもを教え導くという価値観そのものが
崩壊してゆく。





偉いモノが未熟なモノにのみ指導する権利権威があると
でもいうような価値観の中で、今のモラルの崩壊がある。
そう見立てることもできるように考える。