日本が 300°進んでいるのだ

  • 2008/04/10(木) 19:48:20

人間という集団の作る潜在的な多様性の中で、
流転する価値観というか形質というか、そういうものがある。

それらはいつの時代にも存在するが濃密が異なり、
一見、その国その土地の形質だと見えたとしても、
探せばよその国、遠い過去に散見できるものである。


よくアメリカの現状は、10年後の日本であると言われたりする。

これは、その集団の潜在的な循環が、日本とアメリカとの間で、
だいたい 60°ほどずれているから…といった解釈もできる。
その偶然的な循環のズレが、常に日本は遅れているという
劣等感を喚起させる原因に成っている。

これは、別に日本が 300°進んでいるのだ…と言うことも可能な、
根元(民族的・国家的)的な優劣とはさほど関係のないファクターである。
にもかかわらず、流行に流される中にいる人間としては、実感として
なかなかそうは言い難い。

日本人は、そこにいいように付け込まれている。


先に私が流行と呼んで済ました優越を測り得ないファクターを改めて強調しておくと、ヒットする映画の傾向やファッションのみならず。
それは、共産主義や資本主義、民主主義や社会主義というようなイデオロギーをも含んでいる。そんなものでは、民族や国家の優劣は測れない。測ることに意味がない。
あえてそれを測るならば、科学的な先進性や、技術的な進展度、民の幸福度や経済的な豊かさ。医療や政治的な言論の自由と安定性の兼ね合い≒システムによって、多少は測ることができるものかも知れない。どれも一過性のものでしかないが。

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