学者としてそのスタンスで良いの…?

  • 2008/04/30(水) 19:32:53

すべては音楽から生まれる (PHP新書 497)
茂木 健一郎
PHP研究所
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「生の演奏を聴くことほど大切なことはない」と言われる。
そうだろうか?

「修練を積んだ演奏家たちの心尽くしに生が感銘を受け」
ということは、現にあるだろう。


しかし、その力は、「会場を出る聴衆の上気した表情」
「人の心の中の最も美しいものが顕れている」のは、
音楽の力だけであろうか?

私はそうは思わない。

同じ会場で、空間を共にする者達の、上気する感情が、心が、
その内分泌を高揚させ、喚起のホルモンとでもいうものに
満たされる環境の影響。それが最も重要で大きいファクター
なのではなかろうか。

王様のように、生オーケストラを自分一人で独占しても、
同じ体験、同じ高揚が、得られるであろうか?
私はそうはならないであろうと考える。

そして、例えば、三丁目の夕日のような時代に、
街頭のテレビに群衆が集まって奮起したのも、
それが、熟練のオーケストラの如き上級なもので
あったからのはずはなく、そんなコンテンツの良否
ではなく、群がった群衆の人数とその同期によるもの
であったろう。

動物のみならず、虫けらまでもが、同じく
恋のシーズンには、もうもうと群れるではないか。

それと通底するような、深い深いものであろう。
脳などというものの進化する以前にまで遡るもの…。



またそれとは別に、音楽を、音の振動であることに注視するのであれば、
曲やメロディーラインなどと脳との関係としてみるのではなく、
醸造における酵母とクラシックの関係のようなものとして、細胞レベルの
物理現象としてアプローチしてみるのも良いかも知れない。


「クオリア」
この言葉を、そんな、なんでもありで使ってしまって良いのだろうか?
クオリアって信仰か?!
極々個人史的で主観的なことを、あたかも客観的な真理である
かのごとく表現している文章全体のトーンに、気持ち悪くなってくる。



著書全体として伝えたいことは理解できるし、
それこそが生きる力の源泉だと私も考える。
しかし、危うい。

メッセージをきちんと受け止めるには、読者のほとんど全てが、
それぞれ個人史的観点から、自分に相応しいように、ほぼ全文を
入れ替え・改変しなければならない内容となっている。それは
また、誰にでもできることでもないだろう。

個別具体な体験への単純な模倣、字義通りの評価によって、
あたかも教祖へ同化しようとする信者と変わらないものへと
向かわせててしまった。…のではなかろうかと懸念する。

「ダム工事」を深読みしてみる…

  • 2008/04/29(火) 12:23:02

建前では治水対策だとされている大ダム工事。

あれ、その真の意義は、裏の目的は、

造成である! …のかも知れない。


その30年とも15年とも言われる寿命。それで何が治水なのか?
100年に一度の災害に備えるなんて、どう聞いても詭弁でしかない。

しかし、それが造成事業であるならば、その水圧で踏み固められ
粘土質が沈殿して幾層にも積み重ねられて作られる平地は、
トラクター、ダンプカーによって埋め立てられて作られる
造成地と比べて、どれほど異なる立地となるだろうか?

詳しいことは私には判断しようがない。

しかし、歴史的拠点である奈良・京都の都は、
そのスケールは大きく異なるが、同じような立地条件の土地を
基盤としているのだとも言えよう。


日本民族は2000年をかけて日本の国土を、水田耕作によって、
結果、大規模に平地へと造成してきたのだ…とも言えそうな側面も
あろう。(内陸部の小山が何故「島」と呼ばれているのか…等)。

さて…。

周囲の幸せに…

  • 2008/04/29(火) 06:27:39

「周囲の幸せを喜べる人になろう」
…と、しばし教訓される。しかし、



周囲の幸せを、成功を、

喜ばなくったっていいじゃない!
妬んだって、つまらなく思ったって…。

ただ、嫉妬の炎を燃え上がらせなければ、
ただ、恨みの念をつのらせなければ、



それを押し殺して、
「幸せを喜んでいるふり」なんかを無理してしようとするから、

後ろ向きな感情が、心の内側で沸々と沸き上がり、
ドロドロと醸成されてしまうのではなかろうか。

だからむしろ、
すっきり嫉み、すっきり文句を愚痴ってしまった方が、
さっぱりと相手を許容できるようになるのではなかろうか。


相手を許容し、驚異に思うことも無ければ、
相手の些細な言動や、他愛のないたち振る舞いに過敏になって、
いちいちトゲトゲ感情を逆立てられることだって無くなるだろう。