「万能の男 と 異能の女」

  • 2008/03/23(日) 23:22:26


TBS 日曜劇場「佐々木夫妻の仁義なき戦い」

「万能の男 と 異能の女」

という新しくできつつあるステレオタイプを
補強する作品となっている。



これは10年後(4年後?)には復活しているであろう
家父長制的価値観への一里塚とも見える。
もちろんこの作品だけの事ではありませんが…。

歴史にIFは無い…からこそ

  • 2008/03/23(日) 19:19:07


「歴史にIFは無い」という言葉には
二通りの意味がある。

一つは当然の事ながら、
「起こってしまった事は、取り返しがつかない」
ということ。
これは、「ああすれば良かったのに」と、危機回避できた可能性に
いつまでも執着していては、現に今、目の前で拡大しつつある危機を
回避することに繋がらない…といった問題である。


もう一つは…(これは私だけの解釈やも知れませんが…)、
現に巧妙に対策をとり、甚大な被害からすでに守られていた場合に、
その危機が、いかに巧妙に回避され、それがどれほどの恩恵であるのかを、
その守られた側が、現に起こってもいない…(鈍感な感性では)予兆も
関知していない者には、感じようが無いとい! ということ。

大きな不幸と危機から守られていても、それに気づかずに、
目の前に現実にある小さな取るに足らないささやかな不幸を、
“この世の終わり”のように感じてしまい、時に恩人に唾もする。

その者にとって、不幸は厳然とあり、自殺に至る事もあるわけで、
客観的にささやかな不幸であると説いたところで、解決にはならない。
そんなことでその者の苦痛を取り除いてあげることは出来ない。



…であるならば、

いったんその者を客観的不幸である「危機」に突き落としておいて、
そこから自らの意志と希望とを重ね合わせて脱出させる方が、
その者に“生きる意味”と“自信”を与えることが出来るわけだ。

その“マッチポンプ”的手法の方が、相手を幸せに導けるという皮肉。


これも、「歴史にIFは無い」という言葉の裏の意味として、
重い要素であるのではなかろうか。

「ゲンメツ」とは侮辱であろうか?

  • 2008/03/16(日) 19:16:32


「ゲンメツ」

…この言葉はかなりキツいイメージを有しているけれど、
これは何も侮辱の言葉なんかではない。

個人が勝手に抱いていた「幻想」を取り払った(滅した)って
ことだから、正当な評価に戻しただけだ…とも言い得る。

一方的に抱いていた過剰評価を、
これまた勝手に取り払っただけの事で、
当人の内面世界だけの個人的な評価が
相当に大きく変動したって意味で、その個人にとって
大事件であるのかも知れないが、幻滅される個人にとって、
それを取り巻く環境はほとんど何も変わらない。

これは、“恋は盲目”なストーカーが、その行為を止めた
…ってのと少し似ているかもしれない。