国民と政治、結果と意図

  • 2008/02/04(月) 16:56:35

なぜ、あの時点で、あのような政治(小泉時代)を
国民が非難できなかったのか…ずっと疑問に思ってきた。


単純に、無関心やマスメディアのコントロールのせいだと
考えてきた。現にそのような作意は随所に多々見られていた。



しかし、そうではなかったのだと今にして思う。

バブル崩壊以降の自殺者の多さ。身近な者を自殺によって
失っている者のさらに多さ。というものの存在を、
単純に数でしか考えてこなかった。それら被害者の
被害者意識のようなものとしてしか。

しかし、それは一面的すぎた。

その実体について考えることなんて、無かったにも等しい。


それら者たちは、身近な者を失い、救えなかったつらさと
“意図せずに”苦しめていたかもしれない自責の念に
嘖まれている。

そんな“自分”を棚上げにして、よかれと信じて行った結果
としての政治(仮に)を、どんな現実を招きよせたのだとても
非難できる心理にはなれなかったのではないか…と。

そのような可能性を、可能性であれ責めるという行為に対し
自らの心がつらすぎてつらすぎて耐えられなかったのではないか
…と。



今では、そのように思えるようになってきた。

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