プレゼントとはどういう行いなのか

  • 2007/12/06(木) 23:59:48

プレゼント

相手の事をよく考えて選ぶ

当然のように言われる言葉。その通りだろう。

しかし、本当に「相手のこと“だけ”」考えて
プレゼントを選ぶのならば、選ぶ物は自ずと決まってくる。

現金」だ。

これこそ、
此方の負担を最大限、相手の思うままに有効活用できる代物だ。

しかし、それはそれであまりにロコツだから、最近では
カタログ」が人気だ。商品を選んでハガキを出すと、
目当ての商品が配送されるアレだ。商品券ってのもどうよ?

でも、やっていることは同じ。その選択意図は、さしてかわらない。



しかしながら「プレゼントを贈る」というその行為は、
本来の意味を見失っていないだろうか?

何のために、それをするのか?! …を。


それは、
贈る相手と“自分と”の関係を良くするためであろう。
それが大前提であるはずだ。

だから、最初のテーゼ「プレゼントは相手のことを考えて選ぶ」
とは、

単に「相手のことのみ」を考えるのではなく、
自分と関わりのある相手として、その関係がより友好的に、
親密に、もしくは自分にとって都合の良い存在へ導くために
最も有効な物は何か”を考える…という事であるはずだ。

その為に、相手の事をよく知り、相手と自分にとって関係を
好ましい方向へ促すための…さりとて押し付けがましくは
ならないようなもの、皮肉・嫌みと思われては元も子も無い…
二律背反なファクターから最も有効なソレを見出す作業…

それが、「相手のことを考えて選ぶ」ということであるはずだ。



その原点に立ち返れば、
現金を贈ることが、カタログで済ますことが、いかに愚かしく、
いかに思慮のない行為であるか理解するはずだ。

相手にとって、「ああ、なんか来てたね」程度の存在感に
成り下がるだけだ。なんら記憶に残らない、存在感の無い
対象へと、自らによって自らを貶めているのだから。



これは、中元・歳暮のやり取りにおいても、
クラスメイトとの友人関係においても言える事だ。

厳しい家計を毎月やりくりして上司に貢いでも、見返りが無く
何も負担していない若造にばかり目をかける…という状況を
脱却するためにも、人の痛みの判らない迷惑な友人に、自らの
行為が相手にどんな感情を与えているかを理解させるために、
被害者への共感を絶妙に促す作品となっているマンガを、
そうとは気づかれずにプレゼントするだとか…。