平安の異様な描き眉に合理的説明を

  • 2007/12/01(土) 19:03:44

平安時代からのあの異常な「描き眉」に
比較的理的説明をつけてみようと思う。
平安の異様な描き眉に合理的説明を

「マロ眉」…それを正式に何というかすら知らないのですが…。



人は成長に従い、顔のパーツの位置関係が広がる。
しかし、老化と共に一部のパーツは重力に負け
下へと落ち、垂れる。

如何にソレを上げるかは、アンチエイジングであり、
若さの強調でもある。虚飾とも言えよう。


感情によってその位置を最も大きく変化させる「眉」は、
目に寄せることによって、目を顰め、怒りの如き感情を
表現する。その感情は「努力」となって、成長の原動力とも
なる。

眉がより上がり目との間に間隔があると「まぬけ」に見えるのは、
そのようにある意味での「向上心の無さ」を意味するからだろう。

逆に、一定年齢以上では、その距離は笑顔で居ることの証明でもあり、
左団扇な生活をしている証拠であり、ある時代でのふくよかな体に
対する魅力のようなもの。
幸福ののバロメーターでもあることになる。

ここに眉毛は高ければ高い方がよい‥という価値観も生じ得る。




また、顔全体に置ける目の位置は幼さを意味する。

若者が眉を潜め、目と眉を重ねんとすることは、自らを大人に、
より強く見せようとする心理的な表れであると言えそうだ。

ここで額の位置というのも、いわゆる「顔」がどの領域を
指しているのか…にとって重要なファクターでもある。
額が広いほど、「顔」は長くなり、相対的な目の位置は、
下であると認知される。

ということは、加齢と共に「額が後退する」のも、ある意味で
より「かわいくなる」変化であり、かわいいことが群での存在を
許容される条件(反抗的なヤツは去れ)であったことからも、
これは生存適応だ…と言えるのかも知れない。


高い位置に眉を描くことは、生え際と眉とが離れすぎることによる
顔の領域の認知において「後退した生え際=顔の領域外」とされる
のではなく、「後退した領域も含めて顔」と認知させるテクニック
にもなっていたのかもしれない。








…とかなんとか。適当な話を。