転変するドーダのルールと前適応

  • 2007/07/25(水) 12:30:27

前適応した者は「裏切られた」と思ったろう。



「陰ドーダ」は、それがドーダとして認知された時点で、
「陽ドーダ」と変わらないほど自明なものとなる。

例えば「バンカラ・ドーダ」
初めは「陰ドーダ」であったろうが、それが「カッコイイ」と
認知された時点からは、その内容ではなく外見からドーダ合戦が
始まる。

清貧の末の「結果として」の衣服の破れや、お古としてのガクランの
それらは、「作意として」、意識的に破いたり、わざと乱暴に扱ったり
外見の見せかけだけでのドーダ合戦が始まる。それはファッションとなり
「陽ドーダ」そのものも同然になる。

少し前のビンテージ・ジーンズのようなものの流行も似たようなものだろう。
流通前の製造段階であえて自然なように傷物にすることが機械化までされて
いる。バンカラ・ドーダはそこまでファッション化される事はなかったが、
マンガ等で一つのキャラクター類型にはなっていて、その姿を留めている。

ヤンキー・ドーダは茶髪ドーダまで受け継がれ、1990年代中頃には、
髪を染めないことが異常なほどに常識化された。あの時点では、髪を
染めないという決断の方が、流行に流されない自分という意味で、
「陰ドーダ」となっていたように思える。

今世紀に入り、「ホリエモン・ドーダ」とでも言うべき「儲けるが勝ち」が
ドーダとなった。それは正しく「陽ドーダ」そのものだと言うべきもの
ではあるが、その発生は「陰ドーダ」として発生していることを見逃しては
なるまい。

あれが、ドーダ足り得たのは、「社民ドーダ」とでもいうものが、戦後の
長期間「ドーダ合戦」の「ルール」のようになっていたからだ。
それを発する者が欺瞞であり、利己的に“社民的発言”をしているだけ
ということが半ば自明になりつつあった頃から、その欺瞞を見抜いている
者として、金があることに自虐的にならずに、貧乏人の僻みを恐れる
こともない強い人間であるという社民ドーダの中での「陰ドーダ」として
金持ち自慢ドーダが許容され始める。陽ドーダではなく陰ドーダとして
それが為されるが故に、それがドーダとして許容されることになる。
しかしそれが「陰ドーダ」ではなく「陽ドーダ」としてドーダされ始めた
段階が、ホリエモン・ブームとなった。
彼が、彼の体現する価値観が、社会的制裁を受けることとなったのは、
それが「陽ドーダ」であったからこそ…だと私には思える。