さくら…血族的コミュニティの楽園

  • 2007/07/31(火) 22:22:03

昨今、免疫学のような方面から、
「人は遺伝傾向の異なる異性に惹かれる」と指摘されている。

しかし、逆に、「遺伝子的野心を断たれた者」は、その愛着の対象を
近親者に向ける。それは自然界での観察からも認められる。

それは不潔でも異常なことでもなく、それらは「親代わり」として
自らと遺伝傾向の近しい者の生存を助けるという側面から、
「利己的な遺伝子」たるダーウィン主義に反することでもない。
立派な進化の結果であり、適応であるとも言える。

同性愛もそれの発現形態の一類系ではなかろうかと思う。


この観点から、知世がさくらを愛好の対象に選んだことは、
偶然的なエピソード(消しゴム)が準備されてはいるが、
現実的にも至極必然的なことであると言える。

従兄弟の子同士というその系図から、その近親さが事前に
設定されているのだから。と言っても当然、働き蜂が実子より
女王の子を優先するほどの近親さが有るわけではないが。




その、子どもの理想的生育環境として描かれるコミュニティ…
教育」環境のあるべき姿として楽園の如くに提示されるそれは、
遺伝形質の最も異なる対象に惹かれる「恋愛」なる価値観の対極にある。

さくら…終局に視る認知体系

  • 2007/07/30(月) 22:16:46

カードキャプターさくらのさくらカードの扱い…その

カードの書き換えにおいて最後のカードとなったのが
ライトとダークであるとうのが良い。

外から内への囲い込み系の世界理解がいかにも「魔法」的だ。

そしてこの時点…52枚のカードのコンプリート…まで、
この子は内的世界の平行状態を経ていなかったことを
伺わせる。




多くの子は私の思うに、いわゆる「三つ子の魂」の時点で、
一つの平衡状態を迎える。善悪二元論のようなものとして。
故に、の後、敵味方・良い悪いを基準に世の中を見るようになる。

しかし、その基準による認識の拡大は、八卦・六十四卦と
陰陽説の体系がそうであるように、認識の構成要素が累乗に
増えてゆく。次は 64×64=4096 …
ファジーな人間の脳では大抵、そこに至る前にフリーズする。
認識するに至らなくなる。

人がどの年齢でどのような平衡状態を手に入れるかなどは、
発達段階のように基準化できるような代物ではない。
また、早いから直ちに優秀というものでもない。
「完成」は同時に成長の低下…「停滞」にも繋がる。
ここでは正に大器晩成の言葉が当てはまる。

3、6(=2*3)、7(週)、12(=4*3/月)…様々な世界認知の
スケールを手に入れ、組み合わせることで対応している。


話を戻して、「平衡状態を経ていない」と認識したのは、
例えばその正直さ。級友のウソを純朴に受け入れること
などで描かれている。

主人公をそのような存在であることを示してきた物語を
終局させるエピソードとしてのそれが、なんとも雄弁で良い。

「萌え」の境界

  • 2007/07/29(日) 23:10:29

言い換えると、
他者との関係性を構築するために何処から攻略するか。
「萌え」の境界(男性主体における)




「萌え」
価値相対化し、若者中心の文化へと再び移行する中で、境界的な存在を両義的に扱うために選ばれた至極合理的なコトバであったように思える。


備考>
「同志」…理念の上での強い共通性。肉体的・生理的な好嫌とは無縁。
「HG」…強い肉体的接触を求める。性的興奮を伴う。
「ライバル」…自らの好嫌善悪の閾値に存在する対象。
「友情」…精神的な一体感。対象に性差は重要でない。
「スクラム」…性的ではなくとも、汗と汗とを混じり合わせる関係。
「ブルセラ」…異性に対する直接的な接触は無いが、観念だけでは満足できない。何らかの生理的・物質的接触を求める。
「S・M」…愛情を性行的・肉体的刺激の強さでしか測れない。
「エロ同人(右上未記入)」…いわゆる二次元だけで満足できる。三次元的欲求の無い者(無理に押し隠しているという段階からは乖離している)。



上図↑をCの字に湾曲させたものとしての四象限↓
「萌え」の相対的位置