個人的価値に普遍性はないはず。そもそも、

  • 2007/06/21(木) 17:03:58

個人的な評価は個人的であるが故に価値があるもの
であるのだから、本来普遍的なものに成り得るはずがない。

一般的な価値を得られたならば、それは個人的な価値ではなく
普遍的な価値を伴っているというわけで、評価されているのは
個人的価値の部分ではないはずだ。

個人的価値と普遍的価値は、相容れない二律背反な
関係であるはずだ。


それらをむりからに両立させてしまうと、
おかしなことになってしまう。


例えば…、
食品添加物の代名詞としての「お袋の味」だ。

そこでは具体的に「誰のお袋か?」という事が
問われないままに、数多存在したであろう各家庭の
それぞれの本当の「お袋の味」が駆逐されていった。

様々な個人的で普遍性が無いからこそ価値のある
個人的な価値観が、踏みにじられているのにも関わらず
それに気付かないのかマヒしているのか…。
そんな普遍的になり得ないものに冠された個人的形容詞が
普遍的価値として普及されることになることの危険性は、
そういう所にもある。


「個性」の有無が、「個性」とは何かが、公然と語られ、
ある特徴を「これぞ個性」として語られ模倣されてきた
この10年20年の中でつくづく思う。
「個性を大切にしよう」その言説が個性を駆逐したのだと。