「女」という字。対象は変転?

  • 2007/02/28(水) 23:17:25

「女」…この文字はそもそも
後ろ手に縛られた者」の象形であるという。

という事は、そもそも性的に女性を表している訳ではないのだ。



であるなら、現在通説として俗に語られている
「女編の文字は悪い意味に使われているから、
(自分を悪く言うはずがないが故に)漢字は男が作ったものだ」

という話は通らなくなる。


そもそも悪い境遇の者を弱い境遇の者を「女」で形容し、
その意味で、多くの漢字が合成された。
その後に「女」という字が、その社会的地位の低下に伴い、
性的な女性のみを指す言葉として、後に定着した。

…とも考えられるわけだ。


女性がその社会的地位を落とすに至ったのは、
なにも性的な対偶を蔑視したからではなく、
血統が権力の根拠として重視されてゆく中で、
その根拠に出産が強く結びついたが故に、
権力構造が女を囲い込む事になったのだろう。

男女の対立からではなく、国家間対立、民族間対立の中で、
合理的な手段として。

女を蔑視するからではなく、権力構造を安定化する手段として、
男尊女卑的協力体制を採用した集団が、結果的に世界制覇的に
勝ち残ったということだ。たまたま

昨今の為政者意識

  • 2007/02/28(水) 12:06:02

権力にはそれに見合った責任があってしかるべきであり、
強い権力を握っている公人は、一般人に求めるような規範より
一段高いモラルを要求されて当然であろう。

その意味で、自分では出来ないようなことを要望することを、
それのみで悪だとか考えない。



ここで現時点の状況を考えてみると、

成り行きで世襲させられ、心ならずも議員をやっている
二世三世議員は、「やりたくてやっているわけじゃない」と
考えているかも知れない訳で、そういった前提では、
高い要望を示す国民に対して、

そんな無茶を俺に求めるならば、
 国民にも相応の負担させるのは当たり前だろう!


…という確信へと至ることも十分あり得ることだろう。



なにかここ5年の政治変化を見ていると、
そのような動機を見て取れる気がする。

表面的サヨク批判の先に待っているものは…

  • 2007/02/27(火) 22:30:06

昨今さも当然であるかのように、左翼批判がなされているが、
同時に、
政治問題として注目されている今の「官僚批判」や「天下り批判」は、
その前提の中には、確実に、左翼的価値観が根っこにある。

一部の人間が好き勝手に私欲を肥やすことは許さない。だとか。
いわゆる「格差問題」も同じである。特権的立場にある者が、
横暴に弱者から一方的な搾取を続けていて良いのか?!
…というような。

労働力を商品として切り売りする人身売買同然の行為を、
このまま容認していてよいのか?
…というような。

それらが悪だとされるのは、公正に欠くからであって、
批判は、結果平等を求めているのでもなく、
社会主義の実現を叫んでいるのでもない。



そもそも、昨今このような左翼批判が始まったのは、
法の編み目を縫って、私腹を肥やす連中が、その
「税金バラマキ行政」を続けるための方便のためだけに、
左翼的言論を隠れ蓑に利用し、その上に胡座をかき続けて
きたからであって、その主張そのものに異議を持って
始まったのではない。

糾弾され始めた対象は、左翼的…社会主義的…価値観を
実戦していた者ではない のだ。





今は未だ、相対的に社会主義的な価値観は、無意識下で共有されている。
そう言えるのは、例えば、山田洋二監督作品の映画が大人気を博している
ことからも。


にもかかわらず、「左翼的」、「社会主義的だ」という言葉だけで、
左翼的言論を脊髄反射で非難する言論を無意識下絶対化してしまい
無批判な「常識」にしてしまっては、
今はまだ共有されている価値観が、民主主義的な前提が
無自覚の内に失われてしまうかもしれない。



社会主義的言論をそれを連想させることのみで否定していては、
派遣社員の差別的扱いや、偽装請負のような違法労働も、
「怠惰な貧乏人のやっかみだ」とか「甘えでしかない」という
ような言論によって封殺してしまう事にもつながる。

「違法労働も、法律を変えれば、違法ではなくなる」
…そういった「事後法で裁く」ならぬ、
「事後法を見越して既成事実化を押し進める」背景が見て取れる。


そのような不平等と特権的地位の強化が押し進められていても、
その不正義の追求の言葉が、ことごとく否定されてゆくだろう。


その先には、
「優秀な人間が天下りして何が悪い?!」
「発展を促進するだ」などと護送船団方式の復活が待っている。