履修不足問題

  • 2006/10/28(土) 12:04:09

「ゆとり」が「正論」だった頃に、この問題が
今のように社会問題となっていたならば、
受験偏重の社会構造にメスが入り、多様な価値観を
許容するステージへ向かえただろうに…。

しかし、
政治の怠慢によって社会が「ゆとり」に絶望し、
学歴偏重へ戻りつつある今、このようにとりだたされてしまうと、
ただ地域間格差を押し広げることになるだろう。



すでに多様な価値観を持つことに絶望し、
それを求めることこそが、精神を病む病根のように認識されている。

そんな一元的な価値観に価値が戻っている中で、
例えば全国一斉学力調査のようなものが復活すれば、
完全に一元的な序列社会になってしまうだろう。


1980年代に、多様化価値観を認める世論が主流であった頃に、
一つの客観的な指標として復活していれば良かったのに…と、
残念に思う。

例えば、筆記テスト、例えば体力測定、例えば美術、例えば….

そんな多様な価値観の一つとして、握力40kgだ…とか、
50m走7秒台だ…とかいったものと同じ客観的絶対的な
指標として、国語が50点だとか、数学が80点だとか、
語れる世になっていたのではなかろうか。

今、余興レベルでしかないが、御当地試験が萌芽しつつある。
そのようなものを地域の教育指導要項に取り入れられるならば…、
…儚い期待はすまい。