「親王」という字面から

  • 2006/10/14(土) 12:33:27

天皇、親王、王

そのネーミングの形を見るに、まず先に王があって、
その王の出生を辿った先に親の王…つまり親王があった。
…という順序ではなかろうか。

そしてその大本締めとして、天皇を規定した。



それぞれのクニでは、ヤマタノヲロチの逸話が示すように、
王とは婿養子のような形で訪れる基本母系の社会がその元に
あったのでは。

そこに大陸から長子相続の氏族のイデオロギーが流入し、
それまで頓着の無かった王の出自が最大関心事となり、

それまで何ら関係性を見出していなかった王侯の間に、
親王という形で、それらの上位構造が作られていった。

その行き着く先に、権力の総元締めとしての天皇が作られた。

…という歴史だったのではなかろうか。



こう言うと、縄文、弥生時代に全国的な遺物の共通性を指摘し、
「権力統一 ⇒ 一般化」を正順とする論理から、統一行政の痕跡と
称して反論されるでしょうが、こうも考えてはどうだろうか。

それは流行のようなものだと。今もみられる女性の海外の高級ブランドを
買い漁り、外見で人間の格付けをしたがる様を見て、女権の世界であれば、
同じ状況となっていてもおかしくないのではないか…と。
そして婿養子に取った男も、その外見・ルックスによって流行し、
引く手数多なブランドモノが…女権のイデオロギーによって奪い合われ、
単一男子の血統的系譜が全国を席巻することになった…と。

そこに後から、長子相続・氏族イデオロギーが入れば、瞬く間に、
権力のピラミッド構造を作り上げてしまう。…と。


そもそも女権イデオロギーはハイエナの群に見るように、
実力よりも血統が優先される。故にそのような権力統合に
さほど抵抗無く組み込まれて行ったのではなかろうかと思われる。



ここには、こういう見方を落としてはなるまい。
それは、好奇心旺盛な男児は容易に村を捨てて外界に出てゆく。
また、栄えているとされるクニへ集まるということもあろう。
寂れても生まれたクニを守るのは女が中心となる。それは、
高度経済成長時の都市と村落の動向を見ても判ろう。

そして、富は萎んでも土地利権は残る。いや、人が減る分だけ、
極、少数の者にその利権が集中する。それも女系で。

再び地方開発の波が復活すると、膨大な利権を配分する作業は、
女権的なイデオロギーの元で行われることになるだろう。

そのような世界構造の中で母権の基盤を見る必要がある
のではなかろうか。